「おい」
「っ!?」
急に聞こえた声に肩を震わせ、とっさに振り向くと。
「………、……」
そこには、男性が1人、壁にもたれて座っていた。
銀色の艶やかな髪を床まで垂らし、その頭には狐の耳。
彼の後ろからは立派な狐の尾がゆらりゆらりと覗いていた。
私は思わず、その美貌に見とれてしまった。
筋の通った鼻に、切れ長なのに大きくハッキリとした目、薄い唇に、白い肌。
そこら辺の女性よりよほど美しい顔をしているのに、そこに女性らしさは微塵も感じられない。
「……お前、名は?」
名前を聞かれても、一瞬意味が理解できなかった。
「え、…あ、えっと、愛由里です」
「………愛由里」
確認するようにつぶやくと、彼は口のはしを少しだけ上げた。
その色気のある声に紡がれた自分の名が、慣れ親しんだものなのに不思議と、違うものに感じてしまった。
他に誰もいないのを見ると、おそらく、彼がユラちゃんたちが言っていた…朔夜様なのだろう。
まさか……朔夜様…神様が、狐だったとは。
「…………………」
「え?」
そして彼…朔夜様は、立ち上がると何故か私との距離を縮めてきた。
私はわけもわからず後ずさるしかなく。
そして私が下がった分、朔夜様が距離を縮めてきた。
距離がほぼ無くなると、彼は私の顎をつかみ、強制的に上に向けさせた。
「…顔は………中の上、といったところか、面影はある」
「へ?」
麗しい顔に間近で言われ、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「………声と髪は、それなりに俺ごのみに成長したらしい」
朔夜様は私の顎から手をずらし、私の髪を人房取り、その長い指で弄んだ。
「ふむ。………………気に入った」
「えっと、…どうも?」
何に対してのお礼なのか。
まったくわからないけれど、とりあえずここから逃げ出したい。
「えっと、それで私…もう帰らなきゃ」
彼の手から逃げようとすると。
「どこに?」
私の両側の壁に手をつかれ、逃げ場を失う。
………まって。
まって、これは、どういう状況?
なんで私、あったばっかの人たちにこんなに気に入られてるの?
ていうか、近い。
「………家、というか、病室というか」
「病室?……」
彼は病室という単語を聞くと、耳をピクリと揺らして、じーっと私を見つめた。
え、なに?
なになに?
穴あきそう…。
というか、耳……動いた。
………この耳…本物だ…。
「…なるほど、確かに。お前には時間が無い………もってあと…ひと月、か」