「誰かに頼まれたの?」

先生はあたしが持っている原稿に目を落として、にこりと聞いた。

「え…?」
「小林さん、週番じゃなかったよね?」

さすが先生。

黒板の片隅に書いてある週番の名前をきちんと覚えていたらしい。


「あ、ああ…、まぁ。ちょっとヘマしちゃって…」
「あはは。あたしも昔はケッコーしてたなぁ、ヘマ」
「え、先生が、ですか!?」
「月に1回くらいは雑用させられてたかも?」
「うそー…!」

今の先生からは想像出来ない。

こんなに美人でスタイルもよくて完璧なのに、昔はそうだったなんて。

「で、でもー…。さすがにベランダに閉め出されたことはないですよねー?」

頭を掻きながら訊ねると、先生は少しだけ悲しそうな瞳で笑った。

(…あっ!!! その日は…っ!!!)

その日は、二人にとって忘れたい日に違いない。

なのにあたしのバカ!

知らないことになってるとはいえ、知ってるのにわざわざ話題に出さんでも!!

(…あれ、でも…)

何で、フッた方の先生がこんなに悲しそうな顔をするんだ?

安堂くんみたいに。

…いや、安堂くん以上に。

「ふふ、さすがにそれはないかなぁー?あたしの出身校、ベランダなかったし」
「で、ですよね~?」

あたしは引き攣る顔で無理矢理笑った。

何かが妙に、引っ掛かる。

「あ、はい。印刷終わったよ。小林さん、どーぞ」

先生はにこりと笑って、印刷機を空けてくれた。

「あたしももう少し、ここで作業してもいいかなぁ?」
「あ、はい!もちろんです!!」

先生は場所を移動して、今しがた印刷し終えたプリント類を一枚ずつ並べていく。

そして最後にホッチキスで、カシャリ、と。

「…………、」

無言の空間が、胃に悪い。

「…小林さんって、好きな人、いる?」