「……そう」
レン王子はあっさりとそれだけ返すと、後は私が居ないかの様に自分の支度を進める。
王子なのにどれだけ手慣れてるんだろう、というくらい完璧で手早い身支度だった。たぶん男性が一人暮らしすれば嫌でもできる様になるだろうけれど、レン王子はそんなレベルじゃない。髪型から何から全てをスピーディーにこなしてる。
普通はメイドやらなにやら雇ってやらせるものと思う。貧乏人の勝手な想像だけど。
そして、レン王子は支度がすっかり終わって私をチラッと見もせずにドアを開くと「さっさと出たら?」と無関心そうに言うから、慌てて部屋から飛び出した。
顔を冷やすために氷を詰めたビニール袋をタオルで巻いて当てていたのだけど。それをどう返せばいいかと訊く前に、レン王子は護衛の皐月さんと共に去っていった。
「……翠様。お顔は大丈夫ですか?」
「うう……はい」
間宮さんは何があったか訊きたいだろうに、ただそれだけで余計なことは一切訊いてこなかった。
「本日のご公務に同行……とはいっても、あなた様はまだ公に認められてはいらっしゃいませんから。レン王子殿下のサポートが主な役割となります」
「は、はい……」
公もなにも、本当の恋人でもないのに……と考えた瞬間。なぜだか胸がズキッと痛んだ。
“本当の恋人でもないのに”――。
皐月さんの罵倒が、今になってじわじわと身に沁みてくる。
(そうだよ。私は偽の恋人だから……そんなのわかってるから!)



