もう彼に会えなくなる。その事実が俺を正直な気持ちにさせてしまったのかも知れない。
 いま胸の内に溜まっている想いを吐き出さなければ、もう二度とその機会は訪れないだろう。
 そう心が察したために、無意識にも俺の防衛反応が作動したんだ。そして俺は我慢していたはずの弱音を彼に向けて吐き出したんだよ。
 目から溢れる涙と一緒にね。

 俺は肩を震わせて涙を流す事しか出来なかった。もう自分自身の感情ではコントロール出来はしない。
 ただ彼はそんな俺の弱々しい姿を温かく見守っていてくれた。一緒に痛みを分かち合うが如く、共感する様に頷いてくれたんだ。

 そして俺がひとしきり泣き終え、少しばかりの落ち着きを取り戻した時、彼は小さく告げ始めた。
 彼が俺をこの場に呼び出した本当の理由。それを語り出したんだ。


 まったく想像していなかった彼からの話しに、俺の心はすくみ上がった。
 いや、君に対して申し訳ない。そんな感情が溢れて来たんだ。

 だって彼が俺に告げたのは、俺の知らなかった君の、そして彼女の胸の内を的確に表現したものだったから。

 一歩退いた立場から俺達を見ていた彼だったからこそ、客観的にあの時の状況を把握出来ていたんだろう。
 そしてその一部に彼自身も負い目を感じていた。だから彼は旅立つ前に俺に対して全てを語っておきたかったんだ。

 彼自身にもまた、心にシコリが残っていたのだろうからね。

 雨は増々強さを増していた。
 季節外れの大雨によって、店内にはさほど客の姿は見受けられない。そんな閑散とした店内で俺は彼からの話しに過去の記憶を辿って行く。

 もう色褪せてしまったあの頃の記憶。
 でもそこには俺の知らなかった君の想いが、哀しいほど膨大に込められていたんだった――。