午後から麗華先生と入れ替わりに貴志先生が来ることは知っていた。でも、いつも午後出勤でこんなに早く来ることはないのに。

「今日はお早いんですね」

「まあね。キミはいつもおにぎりなの?」

「えっ。えーと、ときどきです」

(お願い、おにぎりのことには触れないでっ)

「ボクもね、何を隠そう今日はおにぎりなんだ」

「え?」

「デパ地下で評判の“料亭のお昼ごはん”という店で買ってきたんだよ」

貴志先生は得意げに買ってきた包みを見せびらかすと、私の真向いに腰を下ろした。

(うぅ、貴志先生と二人きり……)

正直言うと少し気づまり。本当は一人でゆっくり保坂先生のおにぎりを味わいたかったのに。私は早めに食べ終えて外へ出ようと考えた。

「せっかくだから、ボクのやつとどれかトレードしてあげるよ」

「ええっ。いいですよ、悪いです」

遠慮というより、本心から「おかまいなく」という気持ちだった。だって、私は保坂先生のおにぎりのほうがいいんだもん。けど、貴志先生はまったくの「おかまいなし」で……。

「じゃあ、ボクはこの梅のやつをいただくから」

「えっ」

(よりによって、私が一番好きなカリカリ梅をっっ)

カリカリ梅、ドナドナされる……。

「キミにはそうだなぁ、この肉味噌おにぎりをあげるよ」

「はぁ」

(私に選ぶ権利はないのね)

「ボク、苦手なんだよね、肉味噌」

(しかも、自分が要らないやつをよこしたわけだ)

だからといって、おにぎり返せと言えるわけもなく。私は釈然としないまま、肉味噌おにぎりを食べ始めた。貴志先生も、トレードした梅おにぎりから手をつけたのだけど――。

「ん? この味は――」

一口食べた瞬間、顔つきが変わった。

「清水さん」

「はい?」

(何、この空気……)

「キミのご実家はお米屋さんなのかい?」

「え?」

貴志先生の勘ぐるような視線に、思わず目をそらす。

「ち、違いますけど?」

「これ、相当高い米だよね? それに、この梅干しも一級品だ」

(うぅ、鋭いっ)

さすが、いいものばかりを食べて育ったお坊ちゃまの舌は違う。

「き、気のせいじゃないですか。貴志先生、きっと空腹だから。そうそう、だから妙に美味しく感じるとかじゃないですか、うん」

(私、ごまかすの下手すぎ。動揺しすぎ)

苦し紛れの下手な言い訳が、これ以上追及されませんようにっ。私はどうにか話をそらそうと、貴志先生が喜ぶようにふるまった。

「それより先生!この肉味噌おにぎり、絶品ですよ!うわぁ、美味しいなぁ。貴志先生が肉味噌嫌いでラッキーだったなぁ、私」

「そう? いやぁ、それはよかった」

「はい、ごちそうさまです」

(こんな光景、福山さんに見られたらタダじゃすまないだろうな)

「清水さん」

「はい?」

「そのうちまた、おにぎりのトレードしようね」

(貴志先生……?)

何か含みがあるような……それとも、私の考えすぎ? 貴志先生お得意の貴公子の微笑みに、私はやや引きつった微妙な笑顔で精一杯お応えしたのだった。