憂鬱な午後にはラブロマンスを


洋介と郁美が市営バスの乗り場から旅館に向けて出発した頃、俊夫の車で珠子はどこかのホテルへと連れて行かれた。

到着したホテルは聞かされていた宿泊旅館とは名前が違うし、社員旅行で使用するにはあまりにも場違いな高級なホテルだった。


「ここはどこですか? 宿泊するのは旅館ですよ。ここはどう見ても高級な富裕層向けのホテルにしか見えませんが?」

まさかとは思ったが、俊夫がこれ程積極的に行動に出るとは予想していなかった。


「俺達だけここに泊らないか?」

「社長、私はそんなつもりはありません。」

「そのつもりで車に乗ったのだと思ったけど?俺の勘違いだったのかな?」


珠子は俊夫に少しでも甘い態度を見せるとつけこまれてしまうと感じた。

少しずつ俊夫の人柄が見えてくると珠子は益々俊夫を受け入れる気持ちが無くなっていく。

それに、相手は会社の社長で経営者なのだから自分とは身分も合わない。だから、珠子は求婚には応じられないと自分でも気持ちの整理がついていた。


「誤解させたのなら謝ります。でも、私は社長とそうなりたくて車に乗ったのではありません。」

「二人の時は名前で呼んで欲しいね」

「車を出してください」

「俊夫と呼んでくれれば皆が向かっている旅館へ行ってもいいよ。」


宿泊先の旅館へ行くのが当然だと思った珠子は仕方なく俊夫の名前を言った。初めての呼ぶ名前にかなり緊張した面持ちだった。


「俊夫さん、お願いします。車を、」


名前で呼ばれた俊夫はそれだけで天にも昇るほどの喜びで珠子を抱きしめずにはいられなかった。