「怖くないよ。頼むから怖がらないでくれ。君が好きなだけなんだ。」


珠子の頬に触れる手はとても温かく珠子を見つめるその瞳はとても優しい。
このままこの人の腕に身を任せることが出来れば、きっと、幸せな未来が待っていることだろう。

だけど、珠子にはその決断が出来なかった。

折角、離婚後の生活を再スタートし、やっと一人暮らしに慣れてきたばかりなのに、また、生活を乱されるのは嫌だった。


「もう、誰にも振り回されたくないんです。」

「君が離婚の悲しみから立ち直れていないのは分かる。だけど、何時までもそんな悲しみを引きずってはいけない。」

「もう立ち直っているわ」

「だったら、考えてくれないか?穏やかな生活を保障する。君に辛い思いはさせない。幸せにしたいんだ。」



本当に心穏やかな生活が出来るならば喜んで求婚に応じると言っても良かった。
けれど、そんな生活は何処にもないのも珠子は知っている。

洋介とは激しく求めあい愛し合った。その結果、洋介を束縛し過ぎてしまった。

そんな生活を息苦しいと感じたのか、洋介は浮気を繰り返し珠子を捨てた。珠子は洋介に捨てられたのだと自分ではそう思っていた。