「あいつも無口なほうだからな~。それに野球部の中であいつと一番話すのはヒラだからな。そのヒラがそんな感じがする、っていうんだからなんとなくそう思うことがあるんだろうなあ~」

「ムリそうか?」

「う~ん・・・・」

「まあ考えてみりゃ、あれだけの肩があって野球部に入ってないってことはさ、逆になんかあるのかもな」

「そうだな、なんかヘンだよな」

みな、健大のユウウツな表情が伝染して集まりは一気に暗雲が垂れ込め始めた。
しかしそんなとき、いつもクモならぬ雲を追い払うのは勇士である。今日もその本領をいかんなく発揮して
「オレは何としても入れたる!」
と息巻いた。

結局キャプテン啓太の
「相手の都合もある。まず、誠意をもって頼んでみよう。困ってるのはこっちなんだから」
のひとことでとりあえずお開きとなり、おのおの明日の練習に備えて家に帰って行った。

家に着けばそれぞれが日課の素振りに励む毎日だ。夏の三回戦敗退後の「反省会」以来、それは彼らの約束事であった。
たとえ人が見ていようが見ていまいが
「自分に嘘をつくことはやめよう」と誓いあったのである。

まあ、星也だけは素振りではなくシャドーピッチングではあるが。

しかし本当なら疲れ果てて速攻、寝に入るはずなのだがやはり拓海のことが気になって誰も寝付けない、ついに啓太は自分のスマホで「稲森拓海」と検索を初めてみた。

なにかわかるかもしれない、と思ったのである。

さすがに現代っ子、するとそこには案の定、拓海に関する書き込みがかなりの数、ヒットしたのだった。

いろいろと読んでいくと、要約すれば拓海のリトルリーグからシニアリーグにかけての実績と活躍はまさにスター然としており、キラ星のように輝いていた。

とても自分たちのような地方チームの「一介の選手」とはわけが違っていたのである。

誰がどう考えてもそのまま高校野球の星に昇り詰めるのが当然、と思われる「半生?」を送っていたわけである。


「そんな奴がチームをやめて東京の高校から地方の学校に転校?」
「そして野球部にも入らず帰宅部に甘んじている?」

啓太は考えれば考えるほどわからなくなってため息をついた。

「やっぱりタケヒロはなんか、稲森の中に『見つけた』んだな」

啓太はそう思った。拓海が野球をやめた理由は案外、深いのかもしれない。

あいつはあいつなりの「闇」に入っちまったんだ、きっと。
それが晴れない限り、あいつは野球はやらないだろうな。

啓太はベッドに横たわりながらそう思った。そしてちょうどそのころ、やはり素振りを終えた健大も啓太と同じことを考えていたのであった。

「その闇を、おれ達は晴らしてやれるのか?第一、その前に辞めた理由をあいつは話してくれるのだろうか?」

そして日曜日がすぎて当たり前に月曜日が来る。拓海に最初に声をかけるのは健大の役割になっていた。

「ちゅうちょしてるとズルズル行くからな」
と勇士にクギを刺されていたので朝一番で顔を合わすなり健大は拓海に声をかけた。

「今日、放課後あいてるか?」

拓海は突然のことだったのでちょっとびっくりした様子で目を丸くした。

「ちょっと、頼みっていうか、話したいことがあるんだけど」

そう健大が言葉をつなぐと拓海は
「あ~あ。いいよ、べつに・・・・」
といつも通りボ~っとした返事を返してきたのだった。

「まったく朝から晩までノレンにウデオシみたいなヤツだな」

健大はネム~イ目をこすりながら拓海に「サンキュー」と返事をした。
そしてふたりは放課後、図書館の前で落ち合うことにしたのだった。

 秋の大会も敗退して当面の目標に乏しいその日は、野球部の五人にとっては実にナガイナガ~イいちにちとなった。もともと授業はみな、嫌いであったが今日はまさに「一日千秋」の秋に一日になってしまった。

やっとのことで六時間目の授業が終わって拓海を含めた六人はそれぞれが別々に図書館へと向かって行った。

一番先に約束の場所に着いたのはさすがにキャプテン、次に几帳面な星也、三番目には圭介、菓子パンをかじりながら現れた勇士が四番目、そして健大がシンガリの五番目だった。拓海はといえば、あきなを図書館の中に待たせて最後に五人の前にひよっこりと現れた。

英誠学園の図書館は県庁所在地にある県立の図書館と見まがうほど立派な造りで、入り口付近には楓の大木があって特に真夏には大きな日陰になり居心地の良い場所になっている。

お陰でこの時期でもそこだけ別世界のように涼しかったのだ。

「ああ、ゴメン。遅くなって」

先にそこに着いていた五人に謝って拓海はバツが悪そうに頭をボリボリとかいた。

「いや、こっちこそ悪い、呼び出して」
と圭介が言うと、まずクラスが別で初対面となる啓太が自己紹介をしてから、そのあとに勇士を紹介した。

拓海は
「知ってるよ」
と答えて少し笑みを浮かべた。

秋の強かった日差しがやんわりと緩んでくる時間の中、スッと柔らかな風が六人の中に吹きこんだようだった。

「そうなんだ、知ってたんだ!」
と圭介は大げさに驚いて見せた。

こういう時の場の盛り上げ方に関してはやはり一日の長がある。

「この学校で、オレを知らないヤツがいるわけね~だろ」
と勇士は穏やかな表情でいくぶんおどけて言う。そして少し場が和んだのを見極めたのか、啓太がやんわりと、でもこの機を逃してなるもんか、とすかさず本題に入っていった。

「実はさ、オレタチ、君にさ、野球部に入ってもらいたくて来てもらったんだよね」

啓太はきちんと拓海の目を見て、しっかりと自分たちの本心を伝えた。そんな中、ほかの四人はどんな返事が来るのかと、心配で心配でたまらないという感じで拓海を見つめている。

なんだけど当の拓海は、視点の定まらない目で、ボ~っとしたまま、まったく自分に話しかけられているなどと思いもよらないような顔でそこに立っているのだ。

「えっ~?」

その反応に健大が少し吹き出しそうになった。

「ああ~、そういうことなんだ~」

拓海はそう言ってうなずく。みなが言葉なくただ突っ立っているいる中で拓海は言葉をつないだ。

「なんかオレ、気に障ることしてボコられるのかとオモッてた」

ホット胸を撫で下ろすような感じで拓海が少し笑顔を見せると五人も顔を見合わせながら笑った。

「はあ~?」

「なわけ、ないでしょ?」

「部活、停止になるし」

口々にそんなことを言って「ナイナイ!」と拓海の肩をたたいた。

「どう?ダメかな?」

啓太が頼むような言いっぷりっで拓海に訊いてみた。

「いっしょにやろうよ」

圭介が声高に言う。おとといの夜、啓太がネットで調べたことは早速みんなに伝えたのだが、でもそのことは誰も口にしなかった。

誰の胸にも
「過去のことなんか、触れられたくないんだろうな」
って思いがあったから。

もちろん、野球の腕前が第一条件なのは否定出来ないんだけど。でも拓海はやっぱり少しばかり困ったような表情を見せていた。

言葉は発せずただ、黙っていた。

でも誰も、野球から離れたわけは訊こうとはしなかった。
だって「理由は訊くの、やめよう」って啓太と健大の提案で決めていたから。

野球部の面々が答えを欲しがっているのが拓海にもひしひしと伝わったのだろう、拓海は恐る恐る口を開いた。なるべく相手を傷つけないようにと。

「あんまり、野球、やりたくはないんだよね」

そう言って拓海は下を向いた。五人も多少、予期していたとはいえやはりその答えは残念だった。でも、何としても欲しいメンバー。

おいそれとはいかないはずは百も承知。とにかく粘ろう、と決めていたのである。

「オレたちさ、どうしても甲子園、行きたいんだよね。だから、なんとしてでも入ってもらいたいんだ」

啓太が英誠野球部の過去から現状、そして展望を事細かに拓海に説明しながら、最後にそう話した。

他の四人も啓太の話に合いの手を入れるように助太刀しながら拓海を熱心に誘う。
そうなるともともと自我の弱い拓海のこと、だんだんと断り辛くなって形成が不利になってきたのだった。

が、拓海だってもともとは勝負の世界に身を置いていた男、ここは何としても逃げきらなければ、と意を決し
「ちょっと、考えさせてもらってもいいかな?」
と五人の顔色をうかがって、とりあえずこの場から身を隠す戦法に出たのだ。

「もちろん、すぐに決めてほしいなんて言わないよ。色々、都合や考えることもあるだろうし。でも、オレたち、本気なんだよ、甲子園。どうしても行きたいんだ。だから、真剣に考えてほしい。君にも」

最後はやはり、キャプテンだ。英誠野球部の甲子園初出場がかかる大事な場面で、キッチリト締めた。

拓海は
「うん、わかった」
とだけうなずきながら答えた。

まだ十分に困った様子をタタエテはいたのだけど。

六人はお互いに「じゃあ」と言いながら別れた。野球部員は練習ためグラウンドに、
拓海はあきなの待つ図書館の中へとその場を去って歩いて行った。

楓の影は先ほどよりも少し東寄りに傾いていた。