準決勝に勝利してから決勝戦は二日後だったので、翌日はグラウンドで軽めの練習になった。

もう一学期は終了していたので校内は夏休み中となっていて閑散としており、各部活動の生徒たちがいるにはいたのだけれど、明日は全校生徒が球場で応援に参加するため人数は決して多くはなかった。

三時には練習を終える、とカントクサンが言っていた通りきっちりと時間通りに練習は終わって合宿所に入っている選手たちは早々に宿舎に戻っていった。

拓海は四時ころになるとひとりで宿舎を出てテニスコートへと向かっていった。

テニス部は今日も練習をしていて、なかの良い友人のプレーを見る目的もあったのだけれど、まあ本当はあきなと待ち合わせをしていたのだ。

拓海に新しい、ツカエル、バッティンググローブを渡すためにこれからあきなはここへとやってくるからだ。

ちょうどここからだと正門がよく見える。拓海はコートの横の斜面に腰掛けて馬の合う伴野のボールを打ち合う姿を見ていることにした。

とうの伴野も拓海に気がついたらしく、軽く右手に握ったラケットをあげて見せた。

「おう、稲森!」

拓海も左手に持っていたボールを掲げて見せた。

「明日は球場、行くからな!」

「行くから、ってもともと全員参加、じゃん」

「まあな。でも強制じゃなくてもオレは行くよ」

伴野はそういうと、またボールを打ち出した。

拓海はなぜかこのテニス部員と馬が合った。転校して最初のクラスに伴野がいた。片や帰宅部、片やテニス部で何の接点もなかったはずなのにいつの間にか話をするようになって時には授業をさぼってふたりで喫茶店に入り浸ったりもした。

まあ、言ってみれば悪友、ってやつだ。

伴野はしばらく打ち合ったあと、また拓海のほうを振り返って話しかけた。

「明日は圧勝しろよ。接戦なんかに持ち込まれたらショウチしね~ぞ。それにオレな、神戸に中学の頃のダチがいるから、オマエを甲子園に応援しに行ったらついでにそいつに会おうと思ってんだ」

「ナンだよ、オマエの都合かよ。ダイイチまだ、出れるって決まったわけじゃないし」

「バ~カ!ああいうところはだな、行くって決めたやつが行くとこ、なんだよ!」

拓海はなぜだか伴野には「バカ!」と言われても頭には来ないのだ。これはいつものことだ。

「決めれば、行けんのかよ?」

「そうだよ。決めればイケンダヨ!」

そういうと、伴野はみたび、後輩とラリーを始めた。

そういえば、健大も似たようなこと、言ってたっけな?なんか、最近、そんなことがあったような気もした。

「要するにオレって、いい加減なのかな?」

向こうからあきなが歩いてくるのが見えた。左手になにか、袋を持っているようだった。
きっと、あたらしい手袋だ。

今度はちゃんと、ツカエルやつか?

だんだんとあきなが近づいてきて、とうとう拓海の横まで来た。

「ゴメンね、よびだして」

あきなはそう言って拓海の隣に腰掛けた。

「おう!」

伴野があきなに気がついたみたいで手を振ってよこした。一年生の時、同じクラスだったらしい、あきなと伴野は。

なのであきなも伴野の方を見てにっこりと微笑んで見せた。

もちろん、まだ転校する前のことだから拓海はそのころのことはよく知らないのだけれど。

「これ、あたらしいの、持ってきた」

「ゴメンね、使わなくって」

「もうほんと、わたしってイヤだ~。知らなかったの、そういうこと。平山君が優里亜に教えてくれて、でもって優里亜がわたしに教えてくれて。わたし、タクミに嫌われたかとオモッタ~」

拓海は笑って
「ナイナイ」
と言う。首を横に振りながら。

ふたりはそのまま伴野のラリーを見続けた。後輩も負けじと打ち返してそれは随分と長い打ち合いとなった。

でも伴野は最後に浅くなった相手のリターンを、サッとネットについてボレーで背後をついて決めてしまった。

「明日はコレ、で一発ホウリコムカナ!」

拓海はそうつぶやくともういちど
「アリガト!」
とあきなにお礼を言った。

「明日、ガンバってね。私、一生懸命応援するから。だから絶対に負けないでね!」

それはいつものあきなよりも、ずっと切羽詰まっているように拓海には聞こえた。

そしてあきなはもうひとこと、つけくわえたのだ。

「拓海は優しいから、きっとダイジョウブ!」