もう金曜日だ。あれから、一週間たってしまった。あきなたちは決して諦めようとはせずに、毎日犯人探しをしていてくれた。

しかし、その奮闘も効果なくとうとうブチョウ先生との約束である「イッシュウカン」が経過しようとしていたのである。

「やっぱりダメだったか~」

「ついにジタイか~」

「潔く、そのほうがイイかもな~」

みんな沈んだ声でまちまちに言いながら元気なくグラウンドに出て行くしかなかった。
拓海も星也と学園周辺をいっしょにランニングしてから力なくグラウンドに戻ってスパイクに履き替え、そして重い足取りでブルペンに向かった。

柔軟体操を終わらせてから軽くキャッチボールをして、後輩のブルペン捕手を座らせようとしたときに、新入生部員が声を掛けてきた。

「イナモリせんぱ~い、せんぱいのロッカーから、ずっとケイタイ、ナッテマシタヨ~」

拓海が状況を訊くと、何度も何度も切れてはかかり切れてはかかり、だったという。
もしかすると、相当に急ぎの要件ではと心配になったので声を掛けに来た、とその新入部員は生真面目な顔で言った。

「サンキュー!」

拓海はその後輩に礼を言うとブルペン捕手を務める二年生に
「悪いけど、ちょっと部室に行ってくる」
と言ってダッシュでブルペンをあとにした。

猛スピードで部室に駆け込んで自分のロッカーを開けると拓海はバッグから慌てて携帯をヒッパリ出した。着信は数十回?はあっただろうか、全部あきなからだった。

拓海はあわててコールバックした。すると、あきなもずっと待ちきれなかったのだろうか、なんとワンコールでソッコウ、電話に出たのだ。

「タクミ~?やったよ、ヤッタよ!ついにミツカッタよ~やっぱり、小林君じゃなかったヨ~!」

「マジっ!!!」

電話の向こうのあきなはまるで泣いているようだ。
きっとうれしくてうれしくてたまらなかったのだろう。

拓海は
「オチツケオチツケ!」
と言いながら実は自分のほうがずっとオチツイテイナカッタ。

だから息を整えてからゆっくりとあきなの説明を聞いてみると、こうだった。

「昨日ね、優里亜ちゃんがバラまいたビラをもらった彼女の同級生が、たまたま家に遊びに来た友達にそのビラを見せたら、そのコが見てたんだって。

小林君の紙袋に『ソウセキ』を誰かがイレルトコ。それで優里亜ちゃんの友達は『そのこと、証言シテクレル?』って頼んだら『イイよ!』って。

だから拓海、早くブチョウ先生とカントクサンに連絡シテ!」

拓海は「サンキュー!アッキ~ナ!」
と叫ぶと再び、グラウンド目がけて、爆走した。

「カントク!ブチョウ!ヤッタ~ヤリマシタッ~!」

ネットの外から大声で叫ぶ拓海にみんなは何事かと練習をやめて立ち尽くした。拓海は声を枯らせて息も絶え絶えに手短に事情を説明した。

「ホントか?」

「ついにヤッタか?」

「ツッテことは、甲子園、イケるのか?」

「ヤッタ~!」

一気にみんなの喜びが爆発した。そしてグラウンドは歓喜のウズで花火が上がったような騒ぎに包まれた。

「よ~し、ヤルゼ~!」

「バンザ~い!!!」

勇士がいつも通りの気勢を上げた。するとみんながその気勢に相乗りした。
そして感極まったカントクは
「よ~し、お祝いのノックの洗礼を俺がお前らにプレゼントしてやる。全員、守備位置に
ツケ!」

カントクは
「後始末はすみませんがお願いいたします」
とブチョウ先生に頭を下げると持っていたノックバットをブンブンと振り回し始めた。

「今日のは、チョッとキビシイゼ!」

そう言ったカントクのノックはたしかに今までにないくらいのモーレツさと、なんだかよくわからないけど選手たちに対する愛情に溢れているようでもあった。

そしてその日はその愛情溢れた地獄のノックが夜の八時まで延々と続いたのだった。

お陰でカントクはノックが終わった瞬間にグラウンドにバタッと倒れ込み、そしてその洗礼を浴びた選手も誰一人としてグラウンドに立っていられるものはいなかった。

全員がその場に倒れ込んだまま動こうとはしないで、というか動こうにも動くことができずに闇夜にポッカリと浮かんだ綺麗なお月様を眺めていたのだった。
                  

 次の日の土曜日、ブチョウ先生はさっそく大事な「目撃者」である優里亜ちゃんの友人の
友人、と今回の大、大、大殊勲者である優里亜、あきな、真琴の三人、そして彼女たちの
お手柄で名誉を取り戻すことになる祐弥を連れてまず、問題の本屋さんへと向かった。

そこで店長を呼んでもらい祐弥の紙袋に「第三者」が「ソウセキ」を入れた目撃証言を話してもらった。その後、当日の店舗内の防犯ビデオを確認してもらうことにしたのだ。

するとそこには間違いなく「第三者」が本棚から「ソウセキ」を抜き出したところが映っていたのだ。

そのハンニン、はそのあとウロウロと店内をうろついて十分過ぎるほどの怪しさを醸し出しながらおよそ十五分間も店内にいた。

もちろん祐弥がいたところは防犯カメラの死角になっていたので「その瞬間」は映ってはいなかったのであるが、本屋さんの店長は証言とビデオで納得してくれた。

そして祐弥にきちんと詫びを述べて、その場で警察にも自らが過ちを犯したことを連絡してくれたのだった。

「本当に申し訳ございませんでした」

帰り際にもういちど、深々と店長は頭を下げた。これで祐弥の疑いは、見事に、完全に、晴れたのだ。そしてそのままグラウンドに直行した祐弥を、ナインは大歓声で出迎えた。

三年生たちは祐弥の頭をボコボコと叩きながら、いつの間にかその場は祐弥の胴上げになっていた。

「これでやっと、全員が揃ったな!」

カントクはフッ~っと息を吐きだして感慨にふけるようにそういうと、ドカッとベンチに座り込んだ。そしてしばらく黙り込んだあと、祐弥を呼び寄せた。

「おい小林、オマエいまいちばん、何がやりたい?」

すると祐弥は間髪を入れずにこう答えたのだ。

「川津と稲森の球を、オモイッキリ打ちたいでスッ!」

それを聞いたカントクは破顔一笑という顔で
「わかった。今日はお前に好きなだけ打たせてやる。おい、川津と稲森!さっそく肩、作ってこい。
残りのレギュラー陣は守備位置につけ!ふたりの肩が出来上がるまでノックだ。ただしこれは余興じゃないぞ。真剣勝負だ。ワカッテルナ?小林!」

カントクはそういうと、またまたノックバットをブンブンと振り回し始めた。
そしてその「真剣勝負」は延々と一時間近くも続いたのだった。