はなしは春休みが終わって新学期が始まったころにちょっと戻って、四月のはじめのころのことだ。

校門の脇の桜もちょうど今が見ごろとばかりに満開になって、英誠学園にも初々しい新入生がドット入ってきた。

そして野球部にはナ、ナ、なんと驚くなかれ、三十二人もの新入部員が入ってきたのだった。

こんなことは学園創設以来の珍事、であっていちばん驚いたのは校長でも副校長でもなく、
ブチョウ先生とカントク、そして選手たちに他ならなかったのである。

だって毎年、決まって新入部員は十四、五人前後がフツウ、なのだ、英誠学園の野球部って。

付け加えるならば新三年生がここ数年では異例ともいうべき十九人も部員がいるわけで、
これは例外中の例外であるわけで、そして創部以来、総人数が五十人を超えたことはただのいちどもなくて最高成績はといえば、二十数年前の「県大会ベスト4」がもっとも「良い成績」なのであった。

それが今はネット社会、いつも間にかその手の「ケイジバン」とやらで英誠学園がやたらと
実力アップしていて今年の夏のダークホース的な存在になっていることが巷での既成事実、
になっていたのだ。

そうなると我が子を甲子園に行かせたい親御さんたちがコゾッテ英誠学園に願書を出してきた、というわけらしかった。

となれば当然のこと、相当に腕自慢の一年生も多くいたわけだ。その中でも特に優秀なのは
シニアリーグの全国大会でベスト8にまで進んだチームのエースと、ボーイズリーグの準優勝チームの四番バッターであった。

この二人はさすがに腕自慢の中でも頭一つ抜きんでており、実力を認めたカントクが早々に一軍に上げたのだった。

「あんな子たちが入ってくるようになったんですね~」

ブチョウ先生はこの二人を見たときに、ずいぶんと感慨深げにカントクさんに話しかけた。


長年、英誠野球部の担当部長としてチームにかかわってきた身ともなれば、その変わりようは実に感動的ですらあったはずだ。

「今年は本当に『ツブ』が揃った。甲子園が夢じゃないとこまでたどり着いた。こんなことは学園はじまって以来です。

逆に言えば、今年ダメならもう駄目かもしれない。何としてもカントク!我が学園を甲子園に連れて行ってください、オネガイします!」

ブチョウ先生は深々と頭を下げてカントクさんに哀願した・・・・

しかし、当のカントクさんといえばただただ笑顔で
「ジュウアツはヒシヒシと感じてオリマス!」

すると慌ててブチョウ先生は
「イエイエ、ケッシテそんなわけでは・・・・」
とプレッシャーを掛けたことを詫びるのだった。

これで結構、このふたりは馬が合っているようである。

だからこそ、新チームになってからの英誠野球部はここ数年にないくらいウマくいっているのだろう。

ブチョウ先生はカントクが就任以来
「メンバー構成や采配、練習方法、その他、野球にかかわることすべてをお任せいたします」
と言ってあるそうだけど、カントクさんは時たまブチョウ先生を誘って飲みに行き、
そこで諸々のことを相談したり伺い、を立てているらしい。

まあブチョウ先生は
「すべてお任せしてますからどうかお気遣いなく・・・・」
と答えるらしいが。

そんなカントクの細やかさもブチョウ先生や校長たちが信頼を寄せる理由のようだ。

カントクは新入部員が入ってきて以来、紅白戦では頻繁に一年生を使う。
きっと三年生に「うかうかしてるなよ」という無言のプレッシャーを与えているのだろう、とみなは考えていたのだ。

実際、ガチガチのレギュラーと呼べるのは星也、勇士、健大、護、祐弥、そして拓海の六人だけと思われた。

あとは二年生も含めて横一線、という感じだった。となると当然のこと、三年生は尻に火が付き、二年生はレギュラー獲りに燃え、新入生はゲコクジョウ、を考える。

なので四月以降の練習は、ある意味ピリピリとした緊張感がグラウンド全体に張りつめていたのだ。だって、誰だって試合に出たいしヒトケタの背番号がホシイ、のだ。

それと最近ではミシラヌ見物者がやたらと多くなっていたのも事実。平たく言うと「偵察隊」または「スパイ」というらしいが。

特に拓海がブルペンに入るとさっとビデオを隠し持って撮影に行く連中がいるし、やはり拓海がゲージに入ってフリー打撃を始めると撮影隊が望遠で遠くから狙っているのがわかるのだ。

春季大会を辞退してベールに包まれた英誠学園を、甲子園を狙う他校がマークしている証拠であった。

そんな中で月日は着々と歩を進める。拓海の球速はさらに上がってもう150キロを確実に超しているのでは、と思わせた。その威力たるや、正捕手の勇士の左手の親指が曲がってしまうほどのスゴミだった。

もちろん投げ込みのブルペンで拓海のボールを常日頃受けている控えの下級生捕手は、ザンネンながら二人とも指を疲労骨折してしまったくらいだ。

拓海のボールを練習で打った選手は
必ずのように異口同音に言うのだけど、拓海のボールは「重い」のだ。

エッ?って思う人も沢山いるだろうけど、だってボールの重さって「決まってる」でしょ?って。

だけど、野球の世界には「カクジツ」にあるんだな、球質っていうんだけど、同じ人間が投げても人によって「球の重い人と軽い人」がいる、ってこと。

そして「重い人」は打ってもなかなか遠くに飛ばないんだ。だから「被本塁打」が少ない。
カントクさんもいつも言ってる。

「あいつ(つまり拓海のこと)がきちんとアウトローに集められれば長打はまずない。
これはウシロ(つまり試合後半のイニングを任されるリリーフ投手のことだ)を預けるピッチャーにはいちばん大切な要素だ」って。

だから拓海には「リリーフ投手」としての素地素養が生まれつき備わっているんだ。

カントク曰く「球質は生まれつきだ」って。それと大事なのはフォアーボールを出さないことらしい、大切なのは。なぜなら「フォアーボールと長打はフセギヨウがナイ」らしいから。

「ストライクさえ入れば良い当たりをされても野手の正面を突いたりファインプレーもでる。だけどフォアーボールはファインプレーで防げないし、頭の上を越されたらどんなに上手い外野手でもトリヨウがナイ」らしい。

確かに言われてみればその通りだ。
だからカントクさんは就任してすぐ拓海をリリーフに、と即決したらしい、その球質を見て。

でもそのぶん、拓海には星也のような正確なコントロールはない。
だけど「あの威力があればゾーン(ストライクゾーンのことだよ!)に入ってればほぼモンダイない」ってカントクさんは言ってるんだ。

だから拓海がリリーフに入った英誠学園は「鬼に金棒」ってわけかな?そして、そんなこんなをいっているうちに彼らに朗報が入ってきたのだ。