次の日からさっそくあきな、優里亜、真琴の三人は行動に移した。
拓海、健大、圭介たちに呼び出されて英誠野球部の面々に会って、祐弥の窮地を救う手助けを頼まれたのは昨晩だ。その日のうちに夜通しかけてあきなは母親にパソコンを借りてチラシの原稿を起こした。
これをそれぞれの学校や駅前、書店の入口付近で目撃情報収集のために配るのだ。原稿を作り終えてからまず自分が配るため二百枚をプリントアウトした。
そして明け方近くになって優里亜と真琴のスマホに原稿のデータを送った。これを優里亜と真琴がそれぞれプリントアウトしてふたりが通う高校の構内や駅前で配ってもらうのだ。
そして夕方の六時に書店前で待ち合わせて、また三人でビラを配るつもりだった。
「とにかく時間がない。早く犯人を捕まえなきゃ、甲子園は夢、で終わっちまう」
野球部のみんなはそう言ってしょぼんとしてた。なんとか私たちが犯人を見つけて
あげなければならないのだ。
でも今日、校内や駅前でかなりのビラを配ってはみたの
だけれど
「あの日、祐弥がいた同時刻にあの書店に居て、祐弥の紙袋に誰かが『ソウセキ』を入れるのを『ミタ』」
という人は誰も出て来なかった。
そして三人は六時からここ、書店の前で声を出しながらビラを配っている。
「目撃情報をオネガイしま~す!」
と言いながら。
あきながふと時計を見たらもう、九時になっていた。
本屋さんも店仕舞いの準備を始めている。
「そろそろ終わろうか~」
誰からともなく言い出してあきなたちは荷物をまとめると近くのハンバーガー屋さんに入った。
「なかなか、手ごわいね~」
「ダネ~」
「ケッコウ、疲れるわ~」
三人はそれぞれ好きなものを注文して席に着いた。あきなたちには事情を知ったカントク
から「カツドウ費」としていくばくかの「寸志」が渡されていたのである。
でもそれは十分すぎるほどであって、実際、なかを開けてみたあきなたちはその額の多さにびっくりしてしまったのであった。
「これ、もらいスギだよね~」
「ちょっと、多くナイ?」
そんなことを言いながら三人は
「きちんと領収書をもらって、残ったぶんは返そうよ」
ということにしたのだ。
だから、代表してあきながこの店でも領収書をもらっていた。外はすっかり陽が暮れていて電車が到着する時刻以外は人通りもまばらになってきた。
「見つかるかな~ハンニン?」
真琴が自信なさげに窓の外を見ながらつぶやいた。
「う~ん」
あきなもだんだんと希望が薄らいできているような気がしてきた。
三人はしばらくぼんやりと外の景色を見ていたのだけれど、でもそんなとき、ふと優里亜がふたりに言った。
「わたし、友達にもそれぞれの最寄り駅で配ってもらう、ビラ。もう少したくさんコピーして、さっそく明日、何人かに頼んでみるね!」
優里亜の表情は明るく目はキラキラしていた。あきなも真琴もそのポジティブな思考にすっかり巻き込まれてしまって今までの暗い気分が一気に吹っ飛んでしまった。
「そうだね~がんばんなきゃ、ダヨネ~」
「そうそう、まだいちにちダモン、これからだよ!」
「うんうん、また明日もガンバロー」
三人娘はやっと元気を取り戻して店からほんの一分の駅のホームへと足早に消えて行ったのであった。
※
拓海たち野球部の仲間が祐弥救出の助太刀を依頼するためにあきなたちを呼びだしてからもう二日たっていた。ブチョウ先生からも「時間がない」と言われていたし、その理由は拓海たちも十分すぎるほどわかっていた。
自分たちだってもちろんのこと、何かをやらなくてはいけないことは理解していたけど、
あきなたちの「あなたたちは練習にセンネンシテ!」という言葉にある意味、泣く泣く
グラウンドに出ていた。
彼女たちのフカ~イ思いやりに心から感謝していたし気持ちを切り替えて練習に身を入れなければならないことはワカッテハイタ。
しかし人間というものはなかなかに弱いもので、心ではわかっていてもそうできないこともたくさんあるのだ。
やはり心のどこかで集中力を欠いている自分がいるし、もうひとりの自分が「その集中力の無い自分」を見ているのである。
拓海はそっとファーストの定位置についてシートノックを受けている健大を見た。
今、一塁側のネットの外に配置されているブルペンで投球練習をしている拓海からは、
ちょうどノックを受けている健大は背中が見えるだけだ。
うしろ姿だけなので当然、表情は見えない。
「あいつはツヨイ」
健大の薄汚れたユニフォームの背中を見ながら、拓海はそう思った。オレがヘコタレソウニなってもあいつはいつもキゼンとしてる。まわりを鼓舞して自分を叩いて前へ前へと進んでいこうとする。
その点、オレはダメだ。すぐにあきらめるか楽なほうへ行きたがる。
コンカイだってオレは
「もう甲子園はナイナ・・・・」と思った。
「ジタイかシュツジョウテイシ」だ。
どうあがいたってそうなる「ウンメイ」だ、と思った。でも健大はチガウ。あいつはウンメイにもサカラウのだ。そう、降ってきたウンメイが自分の気に入らないならそれを「カエチマウ」んだ、アイツは。もの凄いパワーと精神力で。
あのパワーはいったいどこから来るんだ?生まれつきか?後天的なもんか?はたして努力で精神力はアガルのか?
そんなことを考えながら肝心の投球練習はおぼつかず、とそんなとき拓海のボールを受けていてくれていた下級生の控え捕手が
「タクミさ~ん、ドウシタンデスカ~?」
と座ったまま声を掛けてきた。
拓海は我に返り
「ワリ~ワリ~」
と言いながら再びマウンドのプレートに右足を置く。
そしてプレートに掛かった土を軽くスパイクで払うと、もういちど健大を見た。すると、今まで思いもしなかった考えが、急に心の中に芽生えてきた。
「もしかするとあいつだって弱さはあるのかもしれない。でもあいつは『自分で自分の尻を叩ける』のだ。
いつだったか、親父が言ってた『自分で自分の尻を叩ける人間にならなきゃダメだ』って。『競走馬とおんなじレベルの人間じゃだめだ。自らを律することの出来る人間になれ』と」
そうか、きっとソウダ。あいつは「そういう『人間』なんだ」きっと。オレみたいな「競走馬とおんなじレベル」じゃないんだ。
あいつだってヘコタレソウニなるときだってあるはず。辛いことだってあるにキマッテル。
でもあいつはそこから這い上がってくる奴なんだ。「こんなことじゃダメだ!」って言って自分を立ち直らせることが出来る、そういう奴なんだ!
拓海はきっと、いま、自分が思ったことは「セイカイ」なんだろうと思った。
ゼッタイにそうにチガイナイ、と。そう思ったら、そんな奴と出会えた自分は、なにかとても「ついてる奴」に思えてきたのだった。
それは多分、甲子園に出れるとか出れないとか、そんなことではなくて、何かもっと、言葉では言えないけど、大きな、もちろん「甲子園」だってオレたちには大きなコト、なんだけど、もっと違う、長い人生のなかでかけがえのないタイセツなもの、いまこの時だからこそ感じることが出来て、う~ん、うまくいえないけどそんなものをテニイレタ、んじゃないかな?
拓海はそのまま視線をグラウンド全体にうつした。ショートの定位置にいつもいるはずの
祐弥だけがいない。そのほかは、いつものままだ。なのに何かが足りない、のだ。
祐弥ひとり欠けただけで、すでに英誠野球部ではないのだ。これは紛れもない「連帯感」だ。
祐弥のいないグラウンドに「激しい違和感」を感じる、これこそがチームワークなのだ、きっと。
拓海はそう思った。勇士がいつものように激しくドナッテいる。
啓太がセンターから声を掛ける。
圭介がライトから、駿斗がレフトから、そしてレフト後方の芝生では星也がランニングを終えて今度はダッシュをはじめていた。
「オレは、こいつらにマモラレテル」
拓海はそんな気がしたのだ。ひとりじゃない、っていうなんだかほんわかした「充実感」みたいなものだった。それは拓海を心地よく包み込んでいたのだ。
「こいつらといっしょに甲子園に行きたい」
拓海は今、心からそう思っていたのだった。
拓海、健大、圭介たちに呼び出されて英誠野球部の面々に会って、祐弥の窮地を救う手助けを頼まれたのは昨晩だ。その日のうちに夜通しかけてあきなは母親にパソコンを借りてチラシの原稿を起こした。
これをそれぞれの学校や駅前、書店の入口付近で目撃情報収集のために配るのだ。原稿を作り終えてからまず自分が配るため二百枚をプリントアウトした。
そして明け方近くになって優里亜と真琴のスマホに原稿のデータを送った。これを優里亜と真琴がそれぞれプリントアウトしてふたりが通う高校の構内や駅前で配ってもらうのだ。
そして夕方の六時に書店前で待ち合わせて、また三人でビラを配るつもりだった。
「とにかく時間がない。早く犯人を捕まえなきゃ、甲子園は夢、で終わっちまう」
野球部のみんなはそう言ってしょぼんとしてた。なんとか私たちが犯人を見つけて
あげなければならないのだ。
でも今日、校内や駅前でかなりのビラを配ってはみたの
だけれど
「あの日、祐弥がいた同時刻にあの書店に居て、祐弥の紙袋に誰かが『ソウセキ』を入れるのを『ミタ』」
という人は誰も出て来なかった。
そして三人は六時からここ、書店の前で声を出しながらビラを配っている。
「目撃情報をオネガイしま~す!」
と言いながら。
あきながふと時計を見たらもう、九時になっていた。
本屋さんも店仕舞いの準備を始めている。
「そろそろ終わろうか~」
誰からともなく言い出してあきなたちは荷物をまとめると近くのハンバーガー屋さんに入った。
「なかなか、手ごわいね~」
「ダネ~」
「ケッコウ、疲れるわ~」
三人はそれぞれ好きなものを注文して席に着いた。あきなたちには事情を知ったカントク
から「カツドウ費」としていくばくかの「寸志」が渡されていたのである。
でもそれは十分すぎるほどであって、実際、なかを開けてみたあきなたちはその額の多さにびっくりしてしまったのであった。
「これ、もらいスギだよね~」
「ちょっと、多くナイ?」
そんなことを言いながら三人は
「きちんと領収書をもらって、残ったぶんは返そうよ」
ということにしたのだ。
だから、代表してあきながこの店でも領収書をもらっていた。外はすっかり陽が暮れていて電車が到着する時刻以外は人通りもまばらになってきた。
「見つかるかな~ハンニン?」
真琴が自信なさげに窓の外を見ながらつぶやいた。
「う~ん」
あきなもだんだんと希望が薄らいできているような気がしてきた。
三人はしばらくぼんやりと外の景色を見ていたのだけれど、でもそんなとき、ふと優里亜がふたりに言った。
「わたし、友達にもそれぞれの最寄り駅で配ってもらう、ビラ。もう少したくさんコピーして、さっそく明日、何人かに頼んでみるね!」
優里亜の表情は明るく目はキラキラしていた。あきなも真琴もそのポジティブな思考にすっかり巻き込まれてしまって今までの暗い気分が一気に吹っ飛んでしまった。
「そうだね~がんばんなきゃ、ダヨネ~」
「そうそう、まだいちにちダモン、これからだよ!」
「うんうん、また明日もガンバロー」
三人娘はやっと元気を取り戻して店からほんの一分の駅のホームへと足早に消えて行ったのであった。
※
拓海たち野球部の仲間が祐弥救出の助太刀を依頼するためにあきなたちを呼びだしてからもう二日たっていた。ブチョウ先生からも「時間がない」と言われていたし、その理由は拓海たちも十分すぎるほどわかっていた。
自分たちだってもちろんのこと、何かをやらなくてはいけないことは理解していたけど、
あきなたちの「あなたたちは練習にセンネンシテ!」という言葉にある意味、泣く泣く
グラウンドに出ていた。
彼女たちのフカ~イ思いやりに心から感謝していたし気持ちを切り替えて練習に身を入れなければならないことはワカッテハイタ。
しかし人間というものはなかなかに弱いもので、心ではわかっていてもそうできないこともたくさんあるのだ。
やはり心のどこかで集中力を欠いている自分がいるし、もうひとりの自分が「その集中力の無い自分」を見ているのである。
拓海はそっとファーストの定位置についてシートノックを受けている健大を見た。
今、一塁側のネットの外に配置されているブルペンで投球練習をしている拓海からは、
ちょうどノックを受けている健大は背中が見えるだけだ。
うしろ姿だけなので当然、表情は見えない。
「あいつはツヨイ」
健大の薄汚れたユニフォームの背中を見ながら、拓海はそう思った。オレがヘコタレソウニなってもあいつはいつもキゼンとしてる。まわりを鼓舞して自分を叩いて前へ前へと進んでいこうとする。
その点、オレはダメだ。すぐにあきらめるか楽なほうへ行きたがる。
コンカイだってオレは
「もう甲子園はナイナ・・・・」と思った。
「ジタイかシュツジョウテイシ」だ。
どうあがいたってそうなる「ウンメイ」だ、と思った。でも健大はチガウ。あいつはウンメイにもサカラウのだ。そう、降ってきたウンメイが自分の気に入らないならそれを「カエチマウ」んだ、アイツは。もの凄いパワーと精神力で。
あのパワーはいったいどこから来るんだ?生まれつきか?後天的なもんか?はたして努力で精神力はアガルのか?
そんなことを考えながら肝心の投球練習はおぼつかず、とそんなとき拓海のボールを受けていてくれていた下級生の控え捕手が
「タクミさ~ん、ドウシタンデスカ~?」
と座ったまま声を掛けてきた。
拓海は我に返り
「ワリ~ワリ~」
と言いながら再びマウンドのプレートに右足を置く。
そしてプレートに掛かった土を軽くスパイクで払うと、もういちど健大を見た。すると、今まで思いもしなかった考えが、急に心の中に芽生えてきた。
「もしかするとあいつだって弱さはあるのかもしれない。でもあいつは『自分で自分の尻を叩ける』のだ。
いつだったか、親父が言ってた『自分で自分の尻を叩ける人間にならなきゃダメだ』って。『競走馬とおんなじレベルの人間じゃだめだ。自らを律することの出来る人間になれ』と」
そうか、きっとソウダ。あいつは「そういう『人間』なんだ」きっと。オレみたいな「競走馬とおんなじレベル」じゃないんだ。
あいつだってヘコタレソウニなるときだってあるはず。辛いことだってあるにキマッテル。
でもあいつはそこから這い上がってくる奴なんだ。「こんなことじゃダメだ!」って言って自分を立ち直らせることが出来る、そういう奴なんだ!
拓海はきっと、いま、自分が思ったことは「セイカイ」なんだろうと思った。
ゼッタイにそうにチガイナイ、と。そう思ったら、そんな奴と出会えた自分は、なにかとても「ついてる奴」に思えてきたのだった。
それは多分、甲子園に出れるとか出れないとか、そんなことではなくて、何かもっと、言葉では言えないけど、大きな、もちろん「甲子園」だってオレたちには大きなコト、なんだけど、もっと違う、長い人生のなかでかけがえのないタイセツなもの、いまこの時だからこそ感じることが出来て、う~ん、うまくいえないけどそんなものをテニイレタ、んじゃないかな?
拓海はそのまま視線をグラウンド全体にうつした。ショートの定位置にいつもいるはずの
祐弥だけがいない。そのほかは、いつものままだ。なのに何かが足りない、のだ。
祐弥ひとり欠けただけで、すでに英誠野球部ではないのだ。これは紛れもない「連帯感」だ。
祐弥のいないグラウンドに「激しい違和感」を感じる、これこそがチームワークなのだ、きっと。
拓海はそう思った。勇士がいつものように激しくドナッテいる。
啓太がセンターから声を掛ける。
圭介がライトから、駿斗がレフトから、そしてレフト後方の芝生では星也がランニングを終えて今度はダッシュをはじめていた。
「オレは、こいつらにマモラレテル」
拓海はそんな気がしたのだ。ひとりじゃない、っていうなんだかほんわかした「充実感」みたいなものだった。それは拓海を心地よく包み込んでいたのだ。
「こいつらといっしょに甲子園に行きたい」
拓海は今、心からそう思っていたのだった。

