一月もまたたく間に三が日が終わり野球部の練習にも身が入りだした二週目の土曜日の夜、小島監督は学校から四駅ほど先の駅前にあるトアル寿司屋でブチョウ先生と酒を酌み交わしていた。もちろんその日も練習はあったが。

練習が終わったあと、ふたりでコッソリと会っていたのだ。

そう、ちょうど啓太が
ブチョウ先生によばれてカントクさんの去就を問われてみんなに相談し
「やはり小島監督にこのまま教わりたい」
と伝えた「その日」だ。

声を掛けたのはブチョウ先生、野球部員たちの意向をカントクに伝えるためだ。

ブチョウ先生は頼んだビールが目の前に出されてカントクサンと乾杯をするないなや、
すぐに呼び出した趣旨を話した。もちろん「春季大会辞退」のこともだ。

カントクさんは「このまま続けて欲しい」と言うブチョウ先生の話をびっくりして聞いていた。

ましてや「辞退」の話にはシンソコ仰天して思わず酒をこぼしそうになったくらいだった。

「ありがたいお言葉ですがジタイってホントですか?」
と思わず訊きなおしたくらいだ。

「校長の最終判断待ちですがたぶん、そうなる見込みです。校長先生も今年の野球部には期待しています。本学園始まって以来の甲子園出場。そうなればまさしく快挙、学園経営にも多大な貢献となります。

あ~、いやいや、失礼・・・・思わずイカガワシイ本音もマジッテしまいました。失敬失敬・・・・」
とブチョウ先生は頭をボリボリとかいてカントクに詫びていた。

カントクもゲラゲラと笑って
「私もブチョウ先生のそういうところが好きですよ。僕だって子供じゃない、野球の裏の裏までシッテマスカラ」
と意にかえさなかった。

そんなことで校長も生徒たちの総意を尊重するだろうと、ブチョウ先生は自分の予想をそのままカントクに話したわけだった。

「そんなこんなですが、是非いままで通りにご指導をお願いいたします」

「こんなわたしでよろしければ続けさせていただきます」

ふたりはそんな会話をしながら、酒もほど良く回ってきてすこし以前の思い出話になった。

「引き受けて頂くことになった経緯はまだお聞きしてなかったのですが?」
ブチョウ先生は
「日本酒に変えましょう!そのほうが落ち着いてハナセル」
そういうと
「お銚子にしてください!」
と言ってからもういちどカントクのほうを見た。

「あ~そうでしたっけ?」

カントクはずいぶんと昔を思い出すような視線になって話しはじめた。

「あいつらが僕の家まで訪ねてきてくれましてね。前にもお話ししたように僕と杉山の親父とは古い付き合いで、彼から話があったんです。

それで彼は息子たちに自分たちで会って判断して決めろ、と言ったらしい。それでみんなで連れ立ってうちに来たようなんですがその時、僕が訊いたんです。

君たちの目標はなんだ?って。そうしたら口を揃えたように同時にこう言いました。

『甲子園に出たい!』って。

ホント、示し合わせたようにマッタク同時にですよ。あの時のあいつらの目は、真剣そのものでした。僕も高校時代は甲子園に行きたくて行きたくて、でも結局、出られませんでした。

なのでこいつらに甲子園で野球をさせてやりたいって思ったんです。

自分の叶えられなかった夢を英誠学園の野球部に託してみたい、って。

そして目の前にいる彼らの真剣な目を見て『こいつらならどんな厳しい練習にでもついてくるだろう、音をあげることはないだろう』って確信したんです」

カントクはそこまで一気に話すと出されてきた手元のお猪口に手を付けた。
そしてグイッと注がれていた酒を一気に飲みほした。そして再び、話し出した。

「実はコッソリ、練習を見に行きました。杉山の親父さんから話があってすぐです。
それでひとめ見て、このチームが気に入ったんです。

そうだなあ~どんなとこって訊かれたら、ん~~~、まとまりがあったんですんね、プレーじゃありませんよ、選手にです。自分勝手な選手がひとりもいない。

自分さえ良ければそれでイイ、という子がまったく見当たらないんですね。びっくりしましたよ。今どきのアンちゃんたちは総じて身勝手なんだろうって悪い先入観がありましたからね。

でもイナカッタ、そういう子が。実はこれがいちばん大切なんです。個々の力量よりチームのまとまりなんです、大事なのは。

信頼関係、と言ってもいい、選手同士の、それが無いチームは何を教えてもダメなんです、むしろそれさえあれば鍛えようはいくらでもあります。

それに前監督の指導で基礎は十分に出来てましたから。で、僕は即、思ったんです。このチームならイケる、って。行かなきゃいけない、甲子園に。

そう思いました。その数日後、彼らがうちに来て目標が『一致した』もう、やるしかないな、って思いましたよ」

その間ブチョウ先生は「うんうん」と何度もウナズキナガラ話を聞いていた。
そして途中でちょっとだけ話をはさんだ。

「実は、稲森が入ってからなんですよ。私も、いいチームだとは思ってたんです、手前みそになりますけど。

でも、何かが足りなかった、チームの柱、です。投打においての。あいつが入らなければ今年もせいぜいベスト4がいいとこ、だったと思います」

ブチョウ先生のそんな話をカントクさんも真剣に聞いていた。

そしてうなずき返すと
「そうですね、たしかにあいつの力は抜きんでてます。でも、その抜きんでた選手が素直に『ポッと』チームに溶け込んだ。普通はないことです。

だいたいの場合、本人が天狗になるか、周りが阻害するか、です。それが、さっき僕が言った『まとまり』なんですよ。

それがあったチームだから稲森もスッと入れた。プラスワンが二にも三にもなったんです。このあたりはもう、完全に前監督とブチョウ先生の手腕ですよ、ホント、敬服します」

こんなことをカントクに言われてブチョウ先生はすっかり上機嫌になってしまった。
そして照れながら何杯もカントクに酒を奨めていたのであった。

そしてやがてニコニコ顔を急に本気顔にしたかと思うといきなりかしこまってカントクに向き合いこう言った。

「甲子園、行けますか?」

カントクは手にしていたお猪口をカウンターに置くとブチョウ先生の顔をしっかりとみて答えた。

「行ける行けないではなく『行きましょう』」と。

その夜はカンバンになるまで大いに呑んだふたりは日付けが変わる頃にようやく自分の家に帰りついたのだった。