それでも英誠学園もまったく相手投手に手も足も出ず二回、三回と三者凡退の無得点、外野に飛んだのは拓海のセンターフライ一本だけだった。

それもさすがの拓海もやや振り遅れ気味、決して会心の当たりではなかったのだ。

しかし四回の裏、祐弥、亮太の一、二番コンビが凡退した後、護がフォアーボールを選んで出塁、ここで四番の拓海が意地を見せて相手投手の真っ向ストレートを見事に粉砕、右中間にライナーでもって行って護が快足を飛ばして一気にホームイン、一点を返す。

しかし五回表、ヒットとフォアーボールを足がかりに、相手の三番バッターにまたもやタイムリーを浴びて星也は三点目を取られてしまった。

五回の裏、そして六回の表は互いに無得点で終わりそして続く六回の裏、相手チームはピッチャーを交代させて二番手に左腕のオーバーハンドピッチャーを立ててきた。

このピッチャーも140キロ台後半に見えるストレートを持っていて、攻撃は九番の星也から始まったのだけれどこの回もあえなく三者凡退、七回表を星也が何とか切り抜けて試合はいよいよ後半、七回裏に突入していた。

この回の攻撃は三番の護から、すると護は初球いきなりセーフティーバントを三塁線に決めて出塁した。

「ヨッシャ~マー、いいぞ!」

久しぶりの出塁に英誠学園のベンチもここぞと盛り上げる場面だ。

そして続く拓海が一、二塁間を破るこの試合二本目となるヒットをライト前に放つ。
打球が速すぎたために護は二塁でストップせざるを得ない。

続く健大は自らのサインで手堅く送ってワンアウト二三塁とし、英誠が最高のチャンスを迎えた。

得点は一対三、二点のビハインドだ。二者生還すれば同点の場面。相手チームは外野手を前進させてワンヒットでのセカンドランナーの生還を阻止する守備体系をとった。

そして内野手も極端な前進守備、ボテボテの超弱いゴロでもない限りは三塁ランナーはホームに帰れない、そういう守備陣形をとる。

ここでの勇士の選択肢はスクイズ、あるいはセーフティースクイズ、それか自ら外野フライを打ち上げるか?

まあ、ヒットが打てれば一番良いのは誰でもショウチなのだけれど。

「自分は左打ちだ、常識的にはスクイズは仕辛い、しかし相手も左投手、三塁ランナーは見えない。う~ん、迷う。だけど決めなきゃ、作戦を。

よ~し、ここは最低、外野フライ狙いで、スクイズはなしだ!」

勇士は自分に言い聞かせてサインを出した。何もナシ、このボールはフリー、と。

ここは球種に絞らずに自然体で待とう、勇士はそう決めた。初球はアウトローの真っすぐだった。ストライク。でもあそこじゃ、ヒットはおろか外野フライも打てない、ぎりぎりのところ。

サスガニ素晴らしいコントロールだ。

でも感心してる場合じゃない、追い込まれると厳しくなる。次にストライクゾーンに来たらこっちも勝負に出なきゃ。

しかし二球目は大きなカーブ、まったくタイミングが合わずにツーストライクと追い込まれてしまった。

「ヤベ~ぜ」

しかしここからボールをひとつ選び、さらに二球カットしてカウントはワンボールツーストライク。さらに二球選んで勇士はフルカウントまで持ってきたのだった。

次は八球目。勇士はストレートにやや比重をおいて待つことにした。
そして八球目が投じられる。

「ヨッシ!待ってた真っすぐ、あ~でもインハイいっぱいだ~」

仕方なくバットをイヤイヤ出す勇士、結果はどんつまりのセカンドフライ?
が金属バットの恩恵か?ふらふらっと上がったフライはちょうどセカンド、センター、ライトの三角地点に向かってススンデ行く~~

落ちるのか?捕られるのか~?三塁ランナーの護の判断がムズカシイ~ハーフウェイか?タッチアップ狙いか?

しかし見ると護は帰塁している、捕られると判断してのタッチアップ狙いだ!

小柄な二塁手がウシロ向き~手を伸ばして、トッタァ!
護がゴッ~~~~~っ!

スタートっ!あ~二塁手がグラブトスで突っ込んできたライトにボールを渡した~~~~~っ!

マーがツッコむ~ライトから返球!本塁上のクロスプレーだァ!
護の左足が早いか?タッチが早いのか?主審のコールは~~~?

「セーフっ!セ~ふっ~~!」

一瞬、護の足が入るのがハヤカッタんだ~そしてその間に拓海も三塁ベースをおとしいれているっ!一点返してイッテンサだ!

俄然もり上がる英誠ベンチ!そして湧きかえる一塁側スタンド!

ここで打席には圭介だ、イッキニ同点だ?
が素晴らしい当たりのライナーが飛んだが不運にもライトのまっしょうめん・・・・
ジエンド・・・・スリーアウトのちぇんじ・・・・

でも一点差に詰め寄ったことで勝負はなんだかわからなくなってきた。
最初はコールド負けを覚悟したナインであったのだけれど!

そして英誠学園は予定通り八回からマウンドに拓海を送り込んで反撃の機会をうかがう作戦に出た。これは当初からカントクさんに言われていた通りの戦い方だ。

春は辞退したけど、当然夏はこの戦い方で英誠はイクのだ。
拓海には星也ほどの精密なコントロールはない。でも球威では圧倒的に拓海が勝っていた。

もうすでに150キロにとどいているかもしれない、それくらいの球速を普段受けている勇士は感じていたのだ。

また球速以上に早く感じるのが拓海の魅力で、ようするに「キレがある」ということだった。

さらにつけ加えて「重い」
ズシッ~と鉛のような重さでミットを押してくる。そんな感触をいつも勇士は感じていたのだ。

八回表の相手の攻撃は三番から。あの驚異的な長打力を誇る左の強打者からだった。

「イヤなバッターからハジマルナ~」

正直、これが拓海のマウンドに上がった時のカンソウ。野球って不思議なもので、そう思った時にはもう「ノマレテル」

拓海はリリーフ早々、この三番打者をフォアーボールで歩かせる最悪のスタートとなってしまったのだけど、でも「芸は身を助ける」って、持ち前の圧倒的球威で続く四番バッターを5・4・3のダブルプレーに仕留めて結果なんとか三人で相手の攻撃を終わらせた。

いよいよ英誠の残る攻撃は二回のみとなった。

英誠の八回裏の攻撃は八番の駿斗から始まったのだけれどなすすべなくあえなく三振、続く九番には星也に代わって啓太がセンターで入っていたけど、これも残念ながら三振、さらに一番の祐弥は会心の当たりを見せたのだけれどこれまた運悪くセンターの真正面をつく。

この回、チャンスメークすら出来ずに三者凡退で終わってしまったのだった。

そして迎える九回表、拓海は徹底的にアウトローを速球でついていく作戦を勇士と立てて、
それを実行した。

実はこれは、もう引退をしているかつてのプロ野球の強打者が
「たまにインハイを混ぜたりするより徹底的にアウトローを攻められるのが嫌だった」と引退後に回顧していたのをあるところで読んだ勇士が「やってみよう」と拓海に持ち掛けたのだ。

拓海も即答同意して早速ふたりで試してみたら、これが予想以上に功を奏したのだった。
相手打線はまったく手が出ずに三人で攻撃を終えてしまった。

時折ナチュラルでスライドしたり、また時にはシュート回転で入ってくる拓海のストレートは受ける勇士にしたら厄介な球筋ではあったのだが、逆に打つ方にしたらこれは実に面倒くさい代物であるわけだ。

こんなとこに、しばらく野球から離れていた拓海のブランクが吉と出るラッキーも十分に感じられたのである。

だって、ずっと続けてたらこういう「クセ」って必ず直されてしまうから、シドウシャに。

さあいよいよ最終回、泣いても笑っても最後の攻撃だ。英誠学園は好打順、二番の亮太から始まる。しかし相手もピッチャーを交代させて、なんと左のサイドスロー投手がでてきたのだ。そう、明らかに左対策と思われる戦法に出てきたのだ。

野球っていくつものセオリーがあるんだけど、その中のひとつが「左打者対左投手は投手有利」ってやつだ。逆に言うと「打者が不利」ってことになるね。

野球ってやったことある人はワカルと思うんだけど、バッターの場合右打者なら左投手が、左バッターなら右投手が打ちやすいんだ、フツウは。

ナゼか?って、まずそのほうがボールの出どこが見やすいこと、もうひとつは自分の頭にブツケラレルんじゃ?っていう恐怖感が無くなること。大きくいうとこのフタツ。

さらに細かく付け足すなら、もともと日本人には右利きが多く左利きは少ない。

当然野球にもこのままアテハマリ、左利きが少ないので左投手も少ない。つまり左打者は右投手となら対戦する機会も多く慣れてるけど左投手とはあまりやったことないからナレテない。
だからニガテ、となる。そういう理屈なんだ。

ボクシングでも「サウスポー対策」って特別にやるでしょ?それと同じ。まあ、一流の打者相手にはこのセオリーが通じないことが多いけど、ベンチとしてはやるべきことはやる、打てる手は打つ、ということだ。

だってこのあとの英誠学園は三番、四番、六番が左バッターだから。

で、球速は140キロそこそこだろうか?でも見たところスピードガン以上に速さを感じるタイプのように思えるだ。しかも左のサイド、はとっても珍しい。

とにかくココは一点のビハインド、最低でも一点は取らなくては試合はオワッテしまうから・・・・

英誠としては先頭打者の出塁が絶対的に必要な場面だし、そのことは亮太も痛いほどワカッテル。つまりここはヒットはいらないし出塁が欲しい、つまり何でもいい、塁に出さえすれば。

さあ、プレイがかかる。相手は変化球のボール球から入ってきてアウトロー真っすぐでストライク、インハイ真っすぐでボール、スライダーでストライクを取ってカウントはツーボールツーストライクの平行カウントになった。

ここから苦心して二球カットし、亮太はついに最終的にフォアーボールを取った。この状況での最高の仕事をしたわけだ。

そしてここで打席に入った三番の護はバントのサインを自ら選択したのだけれど、これをこの試合で始めてカントクさんがヒットエンドランに訂正したんだ。

打球は良い当たりのセカンドへのゴロとなったが亮太がスタートを切っていたためセカンドでフォースアウトは取れずワンアウト二塁となった。

ここで相手は拓海を敬遠気味に歩かせる。でもこれはおそらくカントクさんの「ソウテイナイ」だったろう。

「送っても拓海は勝負してもらえない」ことを。だったら護の打撃に賭ける、ってことだったんだと思う。

ワンアウト一塁二塁で試合再開だ。ここで五番の健大は
「さて、どうしたものか?」
と悩んだ。

外野はまたまた前進守備、ワンヒットではセカンドランナーは生還できないだろう。ということはヒットが二本続くか、自分がヒットを打ち、さらに六番の勇士が外野定位置まで届く外野フライを打ち上げないと同点にはオイツケナイ、フツウナラバ。

決めかねて悩んでいるとベンチのカントクからサインが出た。

「エッ?」