学園生活というもの、こと高校生活ともなればなおさら何かしらの目標や目的、あるいは
目指すものがないものにとっては実にあっけなく終わってしまうものだ。

だって、もともと大学と違って三年間しかないのだ。早いにキマッテル。

そしてさらにつけ加えるならば部活動に限っては三年間どころか二年とせいぜい四か月しかないのだ、野球部の場合においても。

まあ特例として夏の甲子園優勝校ならば二年と五か月ということになるけど。

それにしたってたかだか一か月がヨブン?にあるだけだ。そして英誠学園の現二年生にとってもここで野球ができるのもあと七か月か八か月しかないということになる。

にもかかわらず今どきの十七歳、十八歳はわりとのんびりしている。

まあ時代と言えばそうなんだけれど明らかに戦前戦中の男子と比較してしまえば「ユトリ」があるのだ、良し悪しにかかわらず。

セダイ間の誤差、ってやつだ。

キャプテンの啓太にしたって実によく練習もするし見上げた主将なんだけど、やっぱりどこかオダヤカだ。センゼンセンチュウとはチガウ。

だからというわけでもないのだろうけれど、英誠学園野球部にある意味、とんでもない
「事件」が起きるのだ。それは三学期が始まってしばらくしたある日のことだった。

啓太はブチョウ先生から授業が終わったあと、職員室まで来るように言われた。
きっとのんびりし過ぎているからカミナリでも落とされるんだろう?と皆さんお考えかもしれないけど幸か不幸か、そうではなかったのだ。

でも、やっぱりちょっと悠長に構えていすぎたきらいはあるようだ。
さして深刻な表情で呼ばれたわけでもなかったので、啓太自身さしたる緊張感ももち合わせずに放課後の十分にのんびりとした職員室へと向かった。

めったに入ることのないこの時間の職員室は何とも言えない暢気さが充満していた。
ナ、ナニッ、コレ?そのあまりのノンビリさにおもわず啓太も声をあげそうになった。

「コレって、オレタチの教室のほうがよっぽど緊張感、アリダヨネ?」

窓の外からは初夏を思わせるような太陽の光が煌々と入り込み、なんともポカポカと昼寝日和を演出している。みるとブチョウ先生も半分、目を閉じている、ようにミエタ。

啓太が
「遅くなりました」
と声をかけるとブチョウ先生はあわてた様子で
「おう、金子か」
とびっくりして飛び上がった。

眠くて眠くて仕方が無いようだ、まったくもってナサケナイったらありゃしない。
自分から呼び出しておいて「おう」はないだろう、と啓太は思う。

そして居眠りをしていたとあらぬ疑いをかけられたくなかったのだろうか、啓太の顔を見るといきなり間髪を入れずに
背筋を伸ばしてこう言った。

「監督のことなんだけどな」

ブチョウ先生は啓太に隣席の椅子を勧めてくれてあとに続けた。
「実は、大変なことにナッチマッタ」
そういきなり言われて啓太も少しアセル。

だっていつも暢気なブチョウ先生が
「タイヘンナこと」だと言う。よっぽど大変なんだ、そうにチガイナイ。なので一応、気をしっかりと持って挑むことにした。

しかしことは啓太の気構え以上に大変だったのだ。

「三学期が終わって四月になれば春の県大会が始まる。お前たちも最終学年だ。なので学園としても小島監督を臨時、あるいは代理、ということじゃなくて正式監督になっていただこうと校長直々にオネガイに上がったんだ。が・・・・」

そこまで言ってブチョウ先生は急にダマリコクッテしまった。どうにもあとが続かない。
仕方なく啓太がテイアンスル。

「センセイ、僕ら多少のことがあっても驚きませんので、どうぞおっしゃってください」

するとブチョウ先生は気を取り直したのか意を強くしたのか
「アリガト、金子。さすがにキャプテンだ。オマエハ頼りになる」
と、啓太をモチアゲル。

まあ、悪い気はしない、啓太にしても。担当のブチョウ先生からとりあえずはシンライ?されてるわけだから。しかしブチョウ先生の表情は相変わらずにサエナイ。曇ったままだ。

「ブチョウ先生?」

「おうおう、大丈夫だ。しかしな金子、これからオレが言うことはキットお前たちの想像を超えているぞ、タブン・・・・」

やけにオドス。分ったワカッタ、もう肝をスエマシタから。

「イっていいか?」

「ハイ!」

「でな、さっきの話だが、小島監督にセイシキニ?ってはなし」

「はい」

「コトワラレタ・・・・」

「ハッ???」

「だから、コトワラレタんだよ」

「エッ?だって何でです?おかしいじゃないですか?」

「べつにおかしか~ないんだよ」

「どうしてです?おかしいですよ、やっぱり。あんなにオレタチのこと可愛がって、一所懸命に教えてくれてたのに・・・・」

「ああ~」

「ア~じゃなくて、なんでなんですか?」

ここでフタタビチンモク。

「センセイ?」

啓太がツメヨル。そしてついにブチョウ先生も観念したのか、ようやく口を割る。

「あのな~カネコ。小島監督な~実は元プロだったんだってさ~」

「エッ~~~~~っ!」

「どうする~カネコ~」

ブチョウ先生はイッキニ堰を切ったように話し始めた。

小島監督の手腕と人格を高く評価し、なおかつ本年度の甲子園出場を何よりも熱望する校長が直接出向いて正式監督の就任を依頼した。

しかしそこで『実は元プロ野球の選手であり』という話になったらしい。『黙っていてすみませんでした』と」

そう、プロ野球の選手や関係者は例え『元』でも「ヒジョウニコミイッタ」手はずを踏んで段取りをノリコエナイト高校野球にはたずさわることができないノダ。

つまり小島監督?は夢であり実現はオイソレトハ不可能なんだ。

もちろん正規の手順を踏めば監督になれる。しかし到底、今年の夏にはマニアワナイのだ。

「どうするよ~カネコ~」

「みんなとソウダンさせてください~」

啓太は自分一人で答えられる問題ではないな、と思いそう言ってブチョウ先生に頼んでみた。

「わかった。でも、あまり悠長じゃないぞ」

ブチョウ先生はそう言って啓太に一任してくれたのであった。

しかしビックリシタナ~ナンだって元プロ?なんだ?
タシカニ怪しいには怪しかった。

だってあまりにも野球に詳しいし、シッテルし、センモンテキ過ぎたし。

しかしさすがに元プロとまではソウゾウシナカッタナ~

啓太はそんなことを思いながらそうとなったら早いほうがいいな、そう思ってグラウンドに出ると早速二年生部員全員をレンシュウ終了後、餃子屋に集めることにした。

金曜の夜の餃子屋をかなりの人数でセンリョウするのは普通だとかなりコンナンなんだけどここは護の親父さんの友人の店、だったから何とかなるのだ。

つまり店主と顔見知り、ってことだ。
なので多少、いやいや、かなりのムリがきく。

普通はアルコールの飲めないコドモ、じゃ売り上げが上がらなくて嫌がられるのがアタリマエ、でもここならナントカなるんだ。でも、子供たちは知らない、ウラで護の親父さんがコッソリと売り上げのエンジョ、をしてることを。

まあそんなことはつゆ知らず、選手たちは啓太の説明をめったにしない神妙な顔つきで聞き入っていた。

「マジっ???」

「元プロ???」

「オレはそんな気がしてたよ」

「よく言うよ」

「いや、マジで」

「なるほどね~~~」

なかにはまるで他人事のように悠然と構えている者もいる。実に頼もしいのかそれともなんなのか?

聞き終えるとみんなからは色々な感想が出たが、やっぱりおいそれとはいかない問題で、そのあとはみな、黙り込んでしまった。

しばらく餃子をつついたりウーロン茶でオチャヲニゴシタリ。誰もそのまましゃべろうとはせず、ただただ堀の鯉のように口をパクパクさせるだけの部員たちの中で、健大が沈黙を破って、しかも誰も予想しなかったような驚くべき大胆な意見が飛び出してきた。

「べつに、春の大会、イイんじゃね、デナクテ」

それには一瞬、全員がカタマッタ。

「はっ?」

「ハイっ?」

「何?」

勇士などは口にしようとしていた、おそらくは百個目?くらいじゃないかと思われる餃子を見事に箸から落としそうになったほどだ。

「それって、どういうことだ?」

やっと冷静さを取り戻した啓太が健大に訊く。すると
「ああ」
と言って、健大はひとことひとこと、噛みしめるようにみんなに説明しはじめた。

「オレさ、もっと新監督に教わりたいんだよな。もちろん、前の監督も立派だった。でも、
新監督になってからのオレタチの力って、ものすごい上がってる。マチガイナク。このまま夏の大会の直前まで新監督に鍛えてもらったほうがイインじゃね~か」

みんな、シ~ンとして聞いていた、健大の言葉を。聞いていて誰もがうんうん、とうなずきはじめた。

「辞退か、春は」

「それも、ありかもな」

「いい力試しになるかな?なんて思ってたけど」

「オレは賛成だな」

みんなそれぞれに頭の中で考えがまとまってきたようで
「じゃあ、みんなそれでいいか?」
と最後に啓太が全員に念をおすと満場一致で賛成となった。

「ヨ~っシャ、そうと決まったら夏めがけてイクゼ~」

高校生とは大人とちがっていちど決まるとじつに早い。あっという間にギアンはギケツされて
「じゃあ、もういちど食いなおしだあ」
となり、そして当然のことその日の餃子屋さんは売り切れとなって早めのミセジマイ、となりましたとさ。

次の日の土曜日、啓太はさっそくブチョウ先生に昨日の「リンジカイギ」のことを報告した。

「エッツ?ジタイ?」

相当に驚いたブチョウ先生ではあったが啓太の説明を聞くと
「お前たちの考えは理解した」
と言ってくれた。

「だけど辞退、となると校長の承認がいる。しばらく時間をくれ」

そう言ってブチョウ先生は自分に預けてほしい、と啓太に返事をしたのだった。
かくしてそれから一週間後、英誠学園の春季県大会の出場辞退は正式に決定された。

小島臨時?兼代理監督のもとで七月の夏季県大会直前まで指導を仰ぎ念願の甲子園出場を果たす。これが全学園と野球部の目標ならぬ悲願、となったのだ。

そうとなればさらに練習にミガ入る、というもの、自宅に帰ってからの自主練習はもちろんなかには学校の行き帰りをマラソンや自転車でくる選手も現れだした。当然、足腰を鍛えるため、だ。

そしてまたたく間に三学期は終わってしまい春休みとなったのどかなある日、「カントク」が言った。

そうそう、もういい加減「新」でもなかろうと、どこかのどなたかが言い出して、新監督は簡素化してただのカントク、になったのだ、あの餃子屋さんでの「リンジカイギ」の日にだ。