英誠学園野球部は新しい監督の下でメキメキと力をつけていた。

十一月になって対外試合が禁止となって、どの学校もただひたすら練習しかなくなったのだが英誠の部員たちは練習試合をしなくても自分たちの実力アップを肌で感じていたのであった。

それは当然、二年生のみならず一年生もだった。まず、時たま行われるマシンによるシート打撃でも柵越えを打てる選手が今までよりもはるかに多くなっていた。

以前はコンスタントに柵を越えていくのは拓海、健大、勇士の三人くらいしかいなかったのだけれど、今では軽く十人前後はフェンスを越えていくようになった。

先日行われた「記録会」でも遠投、ベース間タイム、ベース一周、いずれも新監督就任当初よりもはるかに良くなっていた。

そういえば、どこからか新監督が用立ててきたスピードガンで有志がスピード競争をやったことがあった。いちばんはもちろん拓海だったのだが、驚いたことに彼は最速144キロを記録した。

これにはチーム一同、驚嘆して勇士などは
「お前、夏までには150、行けるぞ!」
飛び上がって喜んだ。

そして技巧派、と言われる星也までもが球速は133キロまで上がっていた。

それもこれも新監督の命で投手陣に「特別に」課せられていたゴムチューブによるインナーマッスルを含めた強化練習が功を奏したと思われるわけで、でもこの練習は全選手に取り入れられていて野手組も外野からの返球に、内野手もファーストへの送球に、今までよりもはるかに強く早いボールが投げられるようになっていたのであった。

それにイヤというほど「ヤラサレタ」お陰でランダウンプレーはほぼ全野手が誰と組んでも百点が取れるようになっていたし、ピッオフプレーもほぼ完ぺきな仕上がりに近づいてきていた。

しかし新監督はピックオフプレーに関しては「二百点」でなければダメだという。

なぜなら
「このプレーは絶体絶命の場面でしか使わない。つまり、失敗したら負ける、ということだ。
だから失敗は許されない」

なのである意味、新監督も腹を決めたようで投手は星也と拓海のふたり、キャッチャーは
勇士ひとり、セカンド、ショートのポジションはそれぞれふたりにレギュラーを絞った
ようだった。

他のポジションは多いとレギュラー候補が五人もいたけど、ピックオフプレーに関係する四つのポジションは七人に絞られたのだった。

なぜならこの練習の時だけは「七人」でしかやらない、からだ。

そして新監督はその「七人」に新たな課題を渡したのだった。それは
「ランナーが三塁にもいるときに、セカンドランナーを刺す」というある意味「究極のピックオフプレー」だった。

なんで究極?かって、それは失敗すれば三塁ランナーは百パーセント生還しちゃう、
から・・・・。

でもその分、相手としては「ここではナイだろう」と思ってるわけだから「引っ掛かりやすいともいえる」

これが新監督のネライだったのだ。

それを「九回裏、同点」という場面設定で月、水、金の全体練習終了後に七人だけが残って「テッテイテキニ」やってる・・・・。                 

だから、いやでも全員が上達してしまう、わけだったのだ。

新監督の手腕で。

       
                  ※


 練習も学園生活もまあほどほどに滞りなく過ぎていくうちにいつの間にか十二月になっていた。そして野球部のメンバーたちも、もうすぐ二学期も終わりだな、いやその前にクリスマスがあるぜ、などと暢気にのたまわっていたある日、拓海と健大のふたりにとんでもないビッグニュースが飛び込んできた。

それは啓太が部室で着替えていた拓海と健大に「絶対にキカレチャマズい」っていうフンイキありありで話しかけてきたのがことの始まりだった。

啓太は部室のロッカーの影に誰かいないか?そとには誰もいないか?ジュウブンニ、シンチョウすぎるほど確認したうえでふたりにコソット耳打ちしてきた。

「圭介に好きな女が出来たみたいだ」

「エッ~?」

「マジで?」

マッタク予測不能の?あまりにも意外すぎる出来事に仰天して顔を見合わせるふたりに、啓太は周りを気にしながらあらましを話して聞かせた。

啓太の話はこうだった。

圭介は英誠学園のある最寄り駅からさらに下り方面に四駅ほど行ったところから毎日登校して来るのだが、そのひと駅英誠側、つまり圭介が乗車して次の駅から乗って来るとある女子高の女の子にどうやらひとめボレしてしまったらしいということだった。

そしてこともあろうに圭介はその女子高生の通っている学校を突き止めるために、ひとりで探偵のように「ビコウ」していたらしい。

「ナンだって~~~~~っ!」

結局、ここからふた駅ほど先の駅で下車するH女子学園という高校に通っていることを圭介は苦労の末突き止めた。

啓太の話はこんなことだったのだが、ダソクがあってちなみに圭介が探偵まがいのビコウをした日は、当然のごとく「チコク」した。野球部はブチョウ先生の方針で
「遅刻早退御法度」
なのでその日は圭介はバツが与えられた。

練習終了後の「ひとり部室清掃」だ。
だけど念のいったことにチコクのリユウは「ネボウ」と言ったらしい。サスガダ。

「あいつ、オレタチにはなにもいってねえぞ」

「あのヤロウ、フザケタヤツだ」
とふたりはメラメラとイカリが湧いてきたのだが、啓太いわく
「じつはオレもべつに相談されたとかじゃなくて・・・・」

そして聞けばこんなこと、だった・・・。

先日の練習のフリーバッティングで左足の甲に自打球を当ててしまった啓太は、かなり青く腫れあがってしまってブチョウ先生の指示で翌日、念のためのレントゲンを撮るよう言われた。

なので啓太は翌朝、ほぼいつも通りに自宅を出て電車に乗りひと駅先にある整形外科に「イクハズ」だった。なのだけど「いるはずのない」ここからふた駅先の駅の改札を出ていく圭介の姿を対向する電車の車窓から見とめた・・・・

本人曰く「ホトンドハンシャテキ」に電車を降りてしまった啓太はやはり探偵、のように痛む左足を引きずりながら必死に圭介を「ビコウ」したらしい。

ちなみにここまで聞いた健大はアキレテ履こうとしていたストッキングを放り投げていたのだけれど。

だけどメラメラと湧いて来たよこしまな興味はもう自分では消しとめることが難しくなっているようで
「お前、どこまで追って行った?」
と訊き返している始末。

「結局、女子高の校門まで・・・・」

「アホカ?」
言われた啓太も自覚はあったらしい。

「途中から、自分で自分が恥ずかしくなったけど・・・・」

「けど、なんだ?」

「やり始めた以上、サイゴまで、と・・・・

監督だってブチョウ先生だって、いつもそういってるだろ?最後までしっかりガンバレ、
って。それに毒を食わらば皿まで、とも・・・・」

そして拓海と健大がガッショウした。

「イミがチガウ!!!」

結局、啓太が圭介を問い詰めてことの詳細を聞き出したらしい。啓太は啓太で何とかしてやりたい、と思うにいたってその女子高に通う中学時代の同級生に頼んで圭介の一目惚れしたその女の子の「スジョウチョウサ」をしてもらったらしいのだ。

まあ名前と学年とクラス、部活動をシテイルノカ否か、そんな程度とそしてどうやら十月に大阪から転校してきたらしい、ということくらいの収穫だったらしいのだけれど。

「なるほど」

「そういうことか」

「あいつ、本気なのかな?」

「なんとかしてやりたいけどな」

「そうだな」
と、三人は腕組をしたまま考え込んでいたのだが、そこに下級生がワッ~と入って来たのでいちど話は中断となり、下級生がいなくなるとまた着替えを「再開」し始めたんだけど、ちょうどユニフォームのズボンにベルトを通しながら健大が思い出したように啓太に声をかけた。

「で、お前はそのあと病院に行ったのか?」

すると啓太はバツが悪そうに口ごもってしまい

「いや、結局、そのまま・・・・」
と答える。

「行かなかったのか?」

「行こうとは思ってる」

それを聞くと健大は聞き終わるか終わらぬうちに、ひとこと言い残してグラウンドに飛ぶように出て行った。

「オマエ、キャプテン続けてて大丈夫か?」