その日の練習が終わったあと、啓太、勇士、健大、圭介、星也の五人は駅までの道をトボトボと歩いていた。監督にことの顛末を説明すると「そうかあ~」とひとことだけ返された。
「期待せずに待つか」
それがみんなの心中だったのかもしれない、と今、啓太は思っている。
「どうなんだろ?入るのかな?」
勇士が道端の小石をけりながら最初に口を開いた。でもそれに返事を加える者はいない。誰の胸にも状況は芳しくないってことが大きくつかえていたのだから。
「まあ、いろいろあるんだろうな」
圭介がすっかりと暮れた夜空を見上げながらつぶやいた。
「だよな。まあ、お前だっていろいろあったんだし」
と、今度は啓太が自分の後ろを歩く勇士を振り向いて言った。
「そうだよな、タシカニ」
「んだんだ」
みんなが笑った。
実は勇士も中学時代は健大と同じく「かなりのモノ」だった。今、一緒に歩いている五人はみな中学生の硬式野球チーム、つまりシニアリーグに所属していたのだ。
なので練習試合や大会などで少なからず顔は知っていたのであった。
そんな中、勇士はかなりの有名人で強肩強打の捕手として地場ではけっこう名が売れていた。当然、数校の野球名門校からの誘いも受けていたのだが運悪くたまたま一緒にいた不良仲間が問題を起こし、まったく罪のない勇士も同罪となって推薦入学の話は消えてしまったのである。
そんな噂はすぐに広まる、チームの異なる啓太たちの耳にもすぐに入ってきた。仕方なく甲子園出場の可能性がほとんどない英誠に入学した勇士はそこで皆に「再会」したのであった。
「俺も、あんときはもうやめようと思ったよ」
勇士はそう言って昔を思い出すような遠い目をした。少なからず、多感な高校生には何かしらある。むしろ無いほうがおかしいのだ。
啓太は知っている、誰にも言ってないけど、星也は弟と血がつながっていない、ってことを。
勇士は健大の父親に愛人がいるってことを。
圭介は勇士の父親の会社が倒産して、もしかすると学校もやめなければならなくなること、健大は啓太の両親があまりうまくいっていない、離婚の危機であることを本人から聞いていた。
そして圭介の家では姉が何かの事情で家出をして行方知れずのままなのであった。
ただでさえ傷つきやすい年齢にもかかわらずこの多種多様な災難のオンパレードである。当人たちにはなんの罪も責任もない。そんな中で彼らは多少の勉学と必死の練習に日々励んでいるのであった。
やはり立派、というしかないのであろう。
まあ五人とも自らがそんな環境であったから、拓海にもきっと何かあったはずだ、と理解力と同情心に長けていたわけだ。
無理強いはいけない、辛いこともある、野球がイヤになることもあるだろう、と。
だけど野球部に入ればそんな仲間がいるよ、って。おんなじような悩みがあって、少しはわけあうことが出来るかもしれない。まあ、あんまりヨロコバシイ友ではないかもしれないけどね。
だから今、彼らの気持ちの中は「甲子園に出たいがための必要人物だから」という自分本位なものから「なんとなくアイツと一緒に野球をやってみたい」という仲間意識に変化しつつあったわけ。
こんなところが今の彼らの共通した心境だったのかも知れない、たぶん、いやきっと。
※
自己紹介がおそくなっちゃったけどわたしの名前は唐沢あきな、十七歳。
ごくごくフツウの女子高生だって自分では思ってる。家族はアリキタリの両親と弟ひとりパターン。
性格はそんなに悪くはない方だとオモッテルんだけど。人をおとしいれたり嫉妬でメラメラ、なんてことも今まではなかったし。ついでに言えば勉強もまあまあだし、決してジマンはできないけれど。
そんなわたしの前に一年生の三学期に拓海がおんなじクラスに転校してきたの。
それまでのわたしは異性と交際をしたことなどなかったんだけど、なんとなくぼんやりとヌーボーとしたところ、東京から来た、などという割にはまったく「血走った」ところのない、そう「策士たる雰囲気」がまったく見当たらない拓海のことがその日から気になって気になって仕方がなくなっちゃった。
まあ、ルックス的ビジュアル的にもわたしの「趣味」であったこともイナメナイけど。
人生、世の中とは不思議なものだよね。あとになってからわかるんだけど、野球をやるのに全く必要のない、むしろ欠点ともいうべき拓海のそんなパーソナリティがこのわたしには完全な長所としてかけがえのないものだったの。
目出度しめでたし。そしてわたしのほうから友人経由で交際を申し込んで成就したのが今年の五月、それ以来とくにケンカもせずにお付き合いが続いている。
そうそう、その時の面白い話があってね、わたしが友だちに頼んで拓海に「コクッタ」時のこと。友人いわく
「あきながね、つき合ってほしいんだって。ダメかな~とってもいいコだよ、優しいしカワイイし~」
タクミいわく、しばらくボッーっと考えて
「何処に?」
そんなんだからケンカにもなんないしね!
でも拓海はご両親から離れておじいちゃんおばあちゃんと一緒に暮らしているの、この町で。理由は「両親が離婚したからここにいる」としか言わないから詳しいことはよくわからないんだけど、きっと拓海の心に深い傷のようなものが巣くってしまったんじゃないのかな、ってわたし思っているの。
そこはとても深くて暗い深淵のようなところでわたしには簡単にたどり着けるようなところではないような気がする。だから今はただ拓海に寄り添っているだけ。
何の役にも立てない自分が情けないんだけれど。
今日もともに帰宅部のふたり、何をするではなく一緒に帰るはずであったのだけれど拓海から
「ちょっと用があるから図書館で待ってて」
とメールが入りその通りにしていた。
「何の用?」
って絵文字付きで問い返したら
「野球部に呼ばれた」
と「汗マークの絵文字つき」で返ってきた。
そこでわたし、ピンと来たの、オンナのダイロッカンってやつが働いたんだと思う。
「野球部に誘われるんだな」って。
だって土曜日の午後、野球部のグラウンドのレフトフェンスの後方の立ち入り禁止区域の芝生で拓海といっしょにいたんだから、ワタシ。
だから当然のこと、拓海の「驚異の大遠投」も目の当たりにしていた。
「あの時はびっくりしたなあ~」と今も思い返す。
つき合いだして四か月、このひと、もしかするとなにか運動?平たく言えばスポーツをやってたんじゃ?って思うことがときたまあったの。
具体的に何かがわたしにそう思わせた、ってわけじゃないのだけどわたしはそう感じてたの。
それは拓海の何気ない「身のこなし」がそう思わせたのかもしれない。それに「あの」返球。足元に転がってきたボールをいつものボーっとした表情のまま拾い上げると数回、肩をグルグル回すといきなりホーム目がけて投げてしまったの。
それは野球に詳しくないわたしでも、とんでもない距離を飛んで行ったことは理解できた。
だって、たまにお父さんが見てるプロ野球の試合をテレビで一緒に見るけど、バックホームっていうとき?ガイヤシュ?って言われる人たちがナイヤシュ?って言われる人たちのちょっと後ろから思いっきり投げても、やっと直接キャッチャー?って言われる人に届くのがヤット、くらいだから。
しかも「ヤマナリ?」
拓海の投げたボールはライナー?って感じでまるで弓矢のように飛んでいったんだから。あの出来事でほぼ決定的になったの、拓海がスポーツ、もっと突き詰めると「野球」をやってたんじゃないか?ってことが。
それにわたし、気がついてたよ、あの土曜日のこと、がある前から。野球部の練習を見るときの拓海の目、普段とちがってたもん、いつも。
さびしそう?なつかしそう?それともうらやましそう?よくわからないけどとにかく野球を見てるときはちがう拓海だった。もどりたいの?って何度か心の中で訊いたもん。
だから、もし間違ってなければ野球、やってもいいよ。拓海の人生だから好きなように、悔いのないように。
わたしはどんなことがあっても、なにがあっても拓海を応援する。それにわたし、野球きらいじゃないしね!