俺が物心ついた頃から、いつも隣に居る女がいた。
その女は事あるごとにメソメソと泣き、年下の俺に泣きついて来る。
俺は小さいなりにも、そいつを護ってやりたいと、ずっと思ってた。


「また、ないてるの?あみちゃん・・・」
「あのね、グスッ・・・ポポちゃんのね・・・ううぅ・・・てがね・・・」


そう言って差し出して来た人形の手を見れば、肩口から取れていた。


「あみちゃんのママにいって、なおしてもらったら?」
「うん・・・・・・」


人形の手が取れたことに気が動転し、次の行動がわからない。
そんなことはよくあった。


「ねぇ、ましゃき!みて!!」


亜美は俺のことを『まさき』と呼べなかった。
『さ』の部分が『しゃ』になるその呼び方に、俺は何故だか特別を感じていた。


いつも綺麗な服を着て、その長い真っ黒な髪がサラサラと靡き、小さい俺をどんどん魅了していった。


同級生に泣かされたと聞けば、俺はそいつらの所まで行き、彼女を庇った。
彼女の一番近くに居て、彼女の唯一無二の存在だと俺は思っていた。


「ねぇ、ましゃき?どうして、そんなにやさしいの?」
「きまってるでしょ、あみちゃんがすきだらにきまってるでしょ!」
「ほんとに?あみ、うれしい!!!」


幼い二人の恋はいつまでも続くと思っていた。


暖かい日和に出掛ける公園。
ブランコで順番を抜かれ、泣いた亜美に駆け寄る俺。


夏の強い日差しの中、泳いだ海。
砂がビーチサンダルの中に入って気持ち悪いと泣く亜美に、足を上げてと屈む。


冷たい風が頬を掠める秋、訪れた動物園。
動物ふれあいコーナーで、大きな犬に抱き着かれ、泣き出す亜美の頭を撫でる。


雪がちらつくクリスマス、大きな観覧車の中。
高い所が怖いと大泣きする亜美に、大丈夫とその小さい手を握った。


俺達の日常は、お互いが居て当たり前で、お互いがそこに必要で、それが呆気なく終わりを告げるだなんて、思ってもいなかった。


「将樹くん、おばちゃん達んね、春からアメリカに引っ越すことになたの。」


俺はその言葉の意味を、全く理解出来なかった。