森本は隼に直接聞いても答えないと判断すると、直接母親に聞くことにした。

まずその疑いがある家庭があるということを相談所に連絡を入れた。
連絡を受けた相談所の職員を連れ、森本は隼が学校にいる昼間を狙って自宅を訪問した。
昼間だから在宅してないかもと思ったが昼の12時を過ぎた時間にもかかわらず、眠たそうに目を擦りながら母親が出てきた。
森本が単刀直入にと前置きをして、虐待をしてるのかと聞くと、母親は悪びれた様子もなく、あっさりと「してるけど、なに?」
と、答えた。
その言動に職員も森本も言葉を失った。
母親はそんな森本らに、なおも言葉を続けた。
「あの子引き取ってくれるの?」
口元を歪ませ嬉しそうにそう言い放った。

結果隼は母親が望んだ通りに児童養護施設に引き取られた。

隼が行くことになった児童養護施設は今の自宅から離れていた為、学校も変わる事になった。
転校先が決まり最後の日、森本は見送る為に隼の自宅へ行った。

ちょうど職員に連れられ車の乗ろうとしていた隼に声をかけた。
隼は足を止め下を向いたまま森本に体を向けた。
森本は周りを見渡したが母親の姿が見当たらない。
森本の目線に気付いた職員が険しい顔で隼にわからないように、首を横に振った。
森本はその行動に職員が言わんとしてることを察した。

森本はゆっくりと隼の所に足進めた。
俯いていた隼の視界に森本の革靴が入ってきた。
綺麗に磨かれたその革靴が隼には、たまらなくムカついて思えた。
勢いよく顔を上げた隼の目には溢れんばかりの涙があった。
一瞬森本と目があうと、すぐに隼は俯いた。

「隼くん・・・」

森本は隼のその涙を見て初めて自分がした事は正しかったのかと自問自答した。
まともな大人からすれば、間違いなく正しかったといえる。
けれど、子供からしたら森本がしたことは正しかったのだろうか?

隼はグッと奥歯を噛み締めて、手は強く握りしめていた。

「隼くん・・・元気で・・。」

森本はなんて言っていいのかわからずに出た言葉とはいえ、自分の言葉の軽さに嫌気がさした。

「先生・・。」

隼が小さい声で森本に話しかけた。
とっさに森本は隼の目線まで腰を下ろし目を見た。
その目から、次から次に涙がこぼれ落ちる。

「先生・・僕は捨てられたの?」
森本の体に電流が走った。
こうなって結果、そう思わせたのだと森本は初めてわかった。
「そんなことない。君は捨てられたなんてことはない。君がお母さんを捨てるんだ。」
「僕が・・?」
「そうだ。そして、君は幸せになるんだ。今よりももっと、何倍も幸せに・・。」
「幸せ・・」
そう言うと隼は顔を上げた。
森本と目があうと隼はニヤリと笑った。
そして後ろに立っている職員には聞こえない様に、森本に近づき耳元で囁いた。

森本はその言葉に体が強張る。
隼はそっと森本から離れると車に乗り込んで職員に行こうと言った。
固まる森本に職員が軽く会釈し、車に乗ると、車は走り去った。

森本は車が見えなくなっても、その先をずっと見たまま座り込んだ。
隼が囁いた言葉が耳に残り、何度も頭の中でリフレインする。

今なら断言できた。
自分がした事が間違いだったと。
これは正しくなかったのだと。

『先生を殺したら幸せになれるかな。』