あたしは、ゆっくりと目を閉じて、そして深呼吸をする。
もう、弱いままの自分でいたくない。
「あなたとは帰らないっ……」
「何言ってるか、分かってるのか……?」
男に余裕は全くない。
鋭い眼光が、あたしに突き刺さる。
それでも、必死に足に力を入れた。
精一杯声を張った。
「あたしは、お母さんと、渚くんと、みんなと一緒にいる。ここが、あたしの帰る場所だから!」
「ほのかちゃん……。そうだよ、ほのかちゃんの帰る場所は、ここだ」
渚くんが、励ますようにあたしに笑いかけてくれる。
それが、どんなに心強かったか、渚くんは気づいていないだろう。
あたしはそっと、渚くんから離れて、藤枝 孝の前に立つ。
「あなたとの出会いが、もっと違っていたら……」
お父さんはもう、お母さんの所へも、あたしの所へも帰ってこない。
だからこそ、この男には、もっと違う形……新しい家族としてあたし達を見て欲しかった。
お母さんを、本気で愛して、傍で支えて欲しかった。
「家族に、なれていたかもしれない。血の繋がりがなくても、一緒に幸せになる未来があったのかもしれないね……」
「そんな目で、俺を見るな!!」
あたしは、この男を見ていて、少し悲しくなった。
たぶん、この男は知らないんだ。
人に優しくしたり、人を愛したり……こんなに尊くて、温かい感情を知らないんだ。


