「聞こえた」
「そうじゃなくてっ!」

 イライラする私にお構いなしに、奏汰兄はふぅと息を吐いた。

「フランス留学は夢だったんだろ? 子どもの頃読んだ小説でフランスが大好きになって、フランス語をマスターしたいって言ってたじゃないか」
「そうだけどっ」
「よかったじゃないか。交換留学プログラムを利用して、高一のうちから海外に行けるなんて。そんなチャンス、めったにないぞ」
「奏汰兄はそれでいいのっ!?」
「いいも悪いもないだろ。フランス文学翻訳者になるって夢があるんだから、しっかり勉強してこいよ」

 いつもどおり冷静な奏汰兄の言葉に、あたしのイライラがピークに達した。同時に涙もピークに達して、目からぶわっと涙があふれ出す。

「奏汰兄なんか、もう知らないっ! バカバカ、大バカっ!」

 それだけ言って奏汰兄の部屋を飛び出した。階段を駆け下りて、玄関で靴を履く。

「あらー、愛海(まなみ)ちゃん、もう帰るの?」

 キッチンの方からおばさんののんびりした声が聞こえてきた。奏汰兄のお母さんだ。

「お邪魔しましたっ」