「どうしてそんなこと言うのッ!」



天井も壁も真っ白な部屋の中、
彼女の声が轟いた。



「……キミのためなんだよ」



痛む胸を押さえながら僕は呟く。

生憎彼女のように叫ぶことは出来ない。

それほど僕の体力は、
ここ最近の治療と薬によって奪われている。



「手術しないと死ぬんでしょ!?
だったら受けてよ、手術」



余命宣告を初めてされたのは1か月前。

僕は通っていた高校に休学届けを出し、
付き合って半年ほどの彼女に別れを告げ、
ひとり治療に専念するつもりだった。

僕の体調が、
高校に入学してから悪いことには気がついていた。

だけどまさか…余命宣告されるほどとは思わなかった。

手術しなければ死ぬ。

そう医者に宣告された時
1番最初に浮かんだのは一緒にいた家族ではなく、
常に笑顔だった彼女の顔だった。

成績優秀で、容姿端麗で、優しい彼女。

まるで絵に描いたような完璧な彼女に恋をした僕は、
彼女に自分が余命宣告をされたことを言わずに、
ただ別れを告げた。



「お願いだから、受けてよ」



別れたはずだったけれど、
彼女は僕の両親から僕の体調を聞いたらしく、
こうして会いに来て真実を知り、
僕に手術を受けろとかれこれ5時間ほど説得している。

いつの間にか空は真っ暗になっていた。



「良い加減に帰りなよ。
女の子が外を夜遅くに出歩くのは危険だよ」


「キミが納得するまでわたしは帰らない」


「……」



僕は頑固な彼女に溜息をつく。

早く帰ってくれないかな。

強がりの仮面が外れてしまいそうなんだ。



「受けてよ、お願い。
わたしには、あなたが必要なの」



ずっと辛そうな顔で、
何度も「手術を受けろ」と言っていた彼女が
嗚咽交じりに涙を流し始めた。

僕は変わらず胸が痛くて辛いけれど、
そんなことを忘れて立ち上がり、
弱い力で彼女を抱きしめた。




「何で泣くの…。

別れた意味ないじゃん…。
キミを泣かせないために別れたのに。

泣いていたら…意味ないじゃない…」



次第に僕まで泣けてきてしまう。

僕が彼女と別れを決意したのは、
本当に別れたいわけではない。

僕が死んだことで、彼女が泣くのを
どうしても阻止したかったからだ。

なのに今彼女は泣いている。

いつだって皆の前に立ち、
後ろに立つ僕をみて優しく微笑み
怖がりな僕の手を迷いなく引いて助けてくれた。

そんな彼女が泣いている。
僕の名前を呼びながら、泣いていた。




「一緒にいてよ、お願いだから。
わたしにはキミが必要なの…

ダイスキ」




手術の成功率は低かった。

もしかしたら手術の最中に死ぬかもしれない、と
医者には言われていた。

それがどうしようもなく怖くて。

明日を見られない現実が恐くて。

眠ったら死んでしまいそうで。

発作が起きたら死んでしまいそうで。

当たり前にあった明日がないと思えて。

嫌だった。

だから受けたくなかった。




「……怖いんだよ…どうしようもなく。
明日が来るのが怖い。

僕の死ぬ日が怖いんだよ」



ねぇ、誰か助けて。

独りになりたくないんだ。

もう嫌なんだ。

オネガイダカラ。

ヒトリボッチニ シナイデヨ。




「キミの明日を、わたしは信じてるよ。
わたしの隣で笑えることを、信じているよ。

大好きだよ」




信じてる。

残酷でもあり優しい言葉。




「キミは明日を信じることは出来ないかもしれない。
信じられることは、ある?」




僕が信じられること。
それはいつだって…何時だって……






信じられるのは、キミなんだ。








数ヶ月後。





「ほ~ら早く!」


「ちょっ待ってよ!
病み上がりなんだからもう少し優しくしてよ」


「何よ!
怖いとかって泣いていたくせに」


「キミだって泣いていたじゃないか」


「だって…キミがいない明日は、いらないもの。
わたしはキミが、大好き」


「僕がいない明日はいらない、とか言わないでよ。
…まぁ僕がここにいられるのは、キミがいるからなんだけどね。

ありがとう。
僕がいる未来を信じてくれて。

大好きだよ。
キミだけを…アイシテル」



END