「それはそうだな。確かに許可はいらない」
なんだ、やっと納得してくれた?
「わかった。じゃあこうしよう。他にはどうだ?家に帰ること以外だ。君がしたいことは何だ?」
「だから、言ってる通り本当に眠いの。帰ってリラックスしたい」
何度言ったら分かってくれるの?
「俺がいると、リラックスできないのか。
でも、ダメだ。今日は、君を一人になんかさせない。ずっと一緒にいろ」
彼の腕が伸びて来て、私を捕える。
ギュッと力強く抱きしめて……また同じパターンだ。
ちょっと待って。ダメだって。
このまま、キスされる。
「ちょっと待って」ここは街中で人通りの多い場所だ。
ここは、邪魔になるからというと、素直に応じて隅に移動してくれた。
が、私の体はガッチリ彼につかまれたまま。
彼の腕の中でどうにかして、抜け出そうとしてる。
彼の体のぬくもり、心臓の鼓動、何でも感じてしまう。
この人、どうして私に触れようとするのだろう?
抱きしめられて何となく伝わって来た。
私を抱きたいっていうより、一人になりたくないんだ。
彼の腕の中にいると、なんとなく彼の体から人恋しさが伝わって来た。
私は、彼の腕から逃れようとするのを止める。
ああそうだっけ。
この人も、ついこの間、失恋したばかりだったんだ。
突き放したら、可哀想か。
だよね、失恋した者同士だもん。
「君って不思議だね。全然知らなかった人なのに。そんな気がしない」
あなたがそう言うのって、よくわかるなあ。
昔から知ってる人に抱かれてる感じ。
何かぴったりくるのよね。次にどんなこと言うかとか、こういうことは、好きじゃなさそうとか。言わなくてもわかる。気持ちが伝わってくる。
一緒にいても苦にならないような心地よさ。
「こうして君のこと抱いてると不思議な気分になる」
なんて言ったらいいのだろう。彼が言う不思議な感じもよくわかった。
言葉にすると、どんな感じだろう。
今まで雑音でしかなかったものが、すうっと、ラジオの周波数がぴったり合ったみたい。自然に彼の感情が、無防備な私の心に入ってくる。そんな感じだった。
「井上さん、寂しいんでしょ?菜々ちゃん取られて。少しでも気が紛れるなら、少しだけ、そのままでいてもいいですから。あっ、でも、キスは止めてください。もう二度としないって誓ってください」


