うちの会社の創業者、井上家の自宅は、都心の一等地にある古い日本家屋だった。
門の引き戸を開けて中に入ると、立派な庭が作られていて、庭師さんの手できれいに整えられている。
家屋は全体に古い作りだけれど、柱や部屋にさりげなく置いてある調度品は、作りの丁寧ないいものだと思った。
玄関に通され、割烹着姿の女性が迎えてくれた。
「いらっしゃい」静かな深みのある声。60歳くらいの女性だった。
温かく迎えてくれたこの女性の、物腰がとても柔らかだったから使用人の女性と勘違いしそうだけど、この人が眞子社長だ。
声の柔らかさと凛とした姿勢がよくなじんでいる。仕事をする姿を見ていても、きりっとした背筋のすっと伸びた憧れの女性だ。
「お招きいただきありがとうございます」と頭を下げる。
「挨拶はいいから、真裕、上がってもらいなさい」
にこやかに話しかけてくれた。
「もうこんな時間だ。ついつい掃除しだすときりがなくてね」
割烹着を脱いで、中に案内してくれる。
こんな会社のトップにいる人が、自ら家を掃除するなんてと思っていたら、
「いい気分転換なのよ。憂さ晴らし」
「そうなんですか」
私の表情を呼んだみたいに、先に応えられてしまった。
何でも仕事の早い人だって、真裕が言うのも頷ける。


