「立てるか?」
「何とか」
と言ってみたものの、おいしいカクテルを飲みすぎて、さすがに頭が重い。
ふかふかとした、居心地のいいソファから立ち上がってみると、生まれてたての小鹿のように足が自由にならない。
「つかまって」
口は悪いけど、一応、態度は紳士的だ。
無駄な脂肪がなく引き締まっている彼の体に支えられるように店を出る。
ウゲ……
ビルの外に出た途端、むわっとする熱風にさらされた。
暑さでくらっとしたところ、腰に回された腕を引き寄せられる。力強い腕で彼のかたい胸に押し当てられる。
それじゃ、歩けないじゃないの。
「送ってくから」
彼は、ビルの前に待機してるタクシーに向かって言う。
「大丈夫、だと思う」
気力よりも、財布が心配だ。タクシーカード使えるかな。
「終電ないよ。自腹で帰る?」
私は、すぐに顔を上げた。
「すいません。お願いします」
井上さんは、あははと笑うと
「変な奴だな」と言った。


