部屋にいたのは、専務だけではなかった。

西田菜々、専務のお嬢さんが革張りの黒いソファにちょこんと座っている。


自分のデスクで仕事をしていたと思われる専務は人の良さそうな笑みを浮かべて、大きな体を揺らしながら立ち上がった。

「いやあああ。よく来てくれたね」

専務は、自ら私のもとに駆け寄って来て、私の両手を壊れ物を扱うように握って挨拶をした。


「今度のことでは、うちの娘が大変申し訳ないことをしてしまった。どうしても謝りたいと思ってね」専務の甲高い声が部屋中に響く。


「えっと……」今さらですか?
私の表情に、専務もばつの悪い顔をした。


「ああ、確かに、謝罪するには、少々遅くなってしまったね。この通り、本当にすまないと思ってる」専務は、ぺこっと頭を下げた。


「あの、私、謝罪なんて必要ありませんから」
専務は、もう一度、私の手を取った。


「まあ、そう言わずに」
さっきよりも、ぎゅっと力強く握られた。

「えっと……」

何か嫌な予感。
謝罪するのに、なんでこんなニコニコ顔なの?



「なんと、丸山さんには真裕まで親しくさせていただいてるとか」

やれやれ、本題はこっちか。

その情報、今の状況と180度違うんですけど。

どうしよう。

専務は続ける。

「家の姉も、姉って言うのはもちろん、社長だよ。眞子社長ね。君と真裕のことをとても喜んでてね。真裕がうちに連れて来くるのは、いつなのかって、毎日首を長くして待っててね、放っておくと自分から君に会いに行きかねない状況なんだよね。だから、とりあえず姉ちゃん、俺会ってみるからって言うことなんだ」

「えっと……」情報が2周遅れじゃないの。どこから話したらいいのか。