「本当に?菜々ちゃんのこと、本当にいいの?」
「ああ。俺は……まあ、いいや。何でもない。
俺が気に入らなかったのは、菜々の相手があんな奴だったからだ。菜々には、本当に幸せになってほしいからね」
「そうだったの」
私は、彼の瞳をのぞき込む。
私に対する怒りが少しでも読み取れればと、しばらく粘ってみたのだけれど、感じられるのは私がしたことに対する安堵だった。
彼は怒ってるようには見えなかった。
怒ってる振りをして、無理やり向けていた私への気持ちを、無かったことにしたい。
そう感じられて仕方がなかった。
彼の頭のてっぺんに、軽くキスをして彼のことをぎゅっと抱きしめる。
彼の顔を、自分の胸の中に埋める。
彼は、動かずにじっとしている。
「ちゃんと聞こえる?あなたが、近くにいるだけでこんなに心拍数が上がるの。こんなにドキドキしてるの。他の人だと、こんなふうにならないの。こうなるのは、あなただから。お願い、それだけは忘れないで」
彼は、両手で顔を覆った。
「ほんと、ごめん。なんて言ったらいいか……」
「真裕さん?私は……あなたがどんな感情を持ってても、あなたが好き」
こんなこと言うのは、無駄かもしれないけど。
彼は、私から離れて手のを握った。
「花澄ごめん俺……」声を詰まらせて謝る彼。
「私のことなんかいいのよ。思い切り菜々さんにぶつかって来て。
今なら間に合うわ。後悔しないうちにはっきり自分の気持ち伝えてきなさい。
今行かないと、後悔するわよ」
なに言ってるんだろう。バカな私。彼のことけしかけたりして。
ここは、行かないでっていうところなのに。
それなのに、私は彼に頼んでる。
彼の恋には、まだどこかに望みがあるかもしれないのだ。
「ねえ、握手して。友情のしるしに」
彼は、しばらく考えてから、私の頭の上にキスをした。
そして、ごめんていうように息を吐きかけると、そのまま部屋から出て行った。
ああ、やっちゃったな。好きだって気が付いたのに。
ようやく、人生を共にできる人だと思ったのに。
でも、涙は出なかった。
彼、泣いてなければいいけど。そればかり考えていた。
そうして、私が連絡を取ろうとしても、電話には出てくれなくなり、メールしても返事が来なくなった。


