この沈黙を何とかしようと思った。
それ以外の意味はなかったんだけど。
「ねえ、そんな愚痴なんか、可愛いもんだって。いい?聞いてよ。今から言うこと本当なんだから。あのね、さっきのあいつ、あの花婿面してたやつ!あれ、私の元カレだから」
「ぶっ!」井上氏は、飲んでいたウィスキーを豪快に吐き出した。
「ほんと、おかしいよね!普通、元カレの幹事なんて引き受けるかなあ」
多少、自虐的にでもならないと、とてもじゃないけどやっていけない。
現実は、辛すぎる。
私は、顔にかかった飛沫を拭こうと思って、バッグの中からハンカチを取り出した。でも、隣の男に、嫌みに見えたらまずいと思って、彼の手元にさりげなく置いた。
「ありがとう。まったくだ。
なんて偶然なんだろうな。俺も最悪な気分だ。
さっきのあの嫁に行くっていう女、
俺の元、婚約者だから」
ん????
力なく笑うとこまで計算されてたら、この人は天才だと思う。
んん?今なんて言った?婚約者?
ええっ?
付き合ってるとかじゃなくて?
結婚するつもりだったの?マジで?
さっきのお人形みたいな彼女と?
あ~あ、それ酷いわ。
辛かったでしょ……
しかもあんなのに彼女取られたんじゃあ、私なら死にたくなる。
あまりのことに……
お互いに、見つめあう。
吸い込まれそうな、切れ長の形のいい目。
瞳が特に魅力的だから、まともに見ないようにしてたのに。
さっきから、私の顔なんかまともに見ようとしなかったのに。
どうして、急に熱っぽい視線を送ってくるの?
何か言おうとしてる、形のいい唇。
何も言わなくていいからって、今すぐキスで塞いであげたくなる。
彼の体の、すべてに吸い寄せられるみたいに、引き付けられる。
嘘でしょう?
なに、この偶然の確率。
ただし、不幸な。お互いにとって限りなく、不幸に見舞われた確率だけど。
「マジなのそれ、話し合わせようと思った?」
そうとしか思えない。
彼は、力なく頭を振る。
井上さんは、手で顔を覆うようにする。
「まさか、冗談でこんなこと言うか」
低くこもった声が聞こえる。
大丈夫なの、この人?
婚約者って、大切な人とかじゃなかったの?
本当に、いいの?彼女の結婚しちゃうんでしょ?
二次会の手伝いなんかして。
どうしよう、ずっと彼から目が離せない。
こんなに、じろじろ見つめたらいけないのに。
何か言ってあげなくちゃ。
何か言うつもりなら、残らず聞いてあげなくてはと、彼の薄い唇を見つめる。


