「琥蓮に関わる連中は、なんであんなにえげつない人ばっかなのかね。俺、いつか食い潰されて骨になったら干されんのかな。」

恐ろしいにも程がある。
特に、女は男以上に強い。
そんなことを思いながら、蛛猛は琥蓮の地下書庫に向かう。
地下に降りていくと、子供の歌声が聞こえる。
ちょっぴり、音を外しているがなかなかいい声だと思った。

♪ここは花街。夢の街。
蝶は、柳に夢を語り、花は、華に狂うて。
花は、妖蛾に春を売り、蝶は桜に愛を語る。

これは、花街で妓生たちに歌われるわらしべ。


「♪毒と知って泣くものがありゃ、
蜜を知って···蜜を知って··笑う、もありやんす。···骨の髄まで、染み付いた···ぇと、あれ?」
幼い子供は、歌詞がうろ覚えらしく、途中何度か歌い直しながら、音を取りつつ歌っている。だが、歌詞を忘れたようだ。

「無情だろ?」

そう蛛猛が、教えてやると子供はまた歌いだす。
「骨の髄まで染み付いた無情、吸い付くすは無常。ここは花舞う春の宴、芸の心は罪の色、七度お夜叉の拠り所。···できた‼ありがとうございます。」
子供は、屈託のない笑顔で蛛猛にお礼をした。

七度お夜叉の拠り所。
たくさんの鬼が寄り集まる場所。

鬼とは、客のことなのだろうと蛛猛は解釈しているが、
ここで生きるものも鬼ばかりだ。


「その住処の中で、陰に隠れて俺達は守られているんだ。もう、頭なんか、上がらんな。しかし、花街の女たちはなんでまた遊びめいた謀略をするかね、嘘のなかに誠を隠すとかなんとかとが粋だと、ややこしくてようわからんな。俺は、ズバッとハッキリ言ってくれたほうがありがてぇ···」

蛛猛の言葉に、子供は言った

「『嘘も誠に誠も嘘に変えてしまう、それがこの花街の無常。だからこその戯れ(たわむれ)の戯れ言(ざれごと)が花を活かす』と言いますよ」

「らしいな。俺は好かねぇけど。」 

誰だっけ、そんなこと嘯(うそぶ)いていた奴。

そいつがどういう話じゃないが、俺に尽きない悪夢をくれた元凶だ。

おおっぴらにせず比喩を用いて簡単なことまでもややこしく仕立てる
それが、小粋で洒落ているという。
小賢しい。

蛛猛は一人心でぶつぶつと愚痴り、琥蓮地下の書庫で目的の書物を探す。


「何をお探しですか?ぼく、手伝います。」

「嬉しいね。だか気持ちだけでいいぜ、ぼうず。ところでおめぇさんは、こんなカビ臭い場所で歌の練習か?もう、遅い。部屋にけぇりな。」
そう言うと、蛛猛は一冊の書物を取り中をみる。

子供には、『龍白雲武』という書物の題目が見えた。

「それは何の書物でございますか?」
子供の問いに、蛛猛はため息混じりに言った。
「ただの思想書だよ。」

「どんなことが書かれていますか?教えてください。ぼくもっと勉強して強くなって、蘇芳様みたいに頭がよくて強くて格好いい刺士になりたいんです。役に立ちたいんです。刺士様教えてください。ぼく琥蓮のことだってよくわからないし、字だってまだちっとも読めない。けど知りたいです。」

子供ってのは、好奇心が強い。
そして純真無垢で素直だ。
だが、琥蓮でそれは珍しい

「お前、新入りか?いつ入った?蘇芳嬢にあこがれてるとは、あいつに拾われたのか。」

「はい。ぼくはひと月前に琥蓮に拾われました。蘇芳様が杏樹亭(あんじゅてい)のご主人様を殺されて、ぼくを拾ってくれました。」

「杏樹亭の一件か。お前は連中の玩具だったわけだ。」

「ぼくは蘇芳様に救われた。だから死ぬはずだったこの身を生かしてくれた蘇芳様にお礼がしたい。強くなって、お力になりたいんです。」
子供は、真っ直ぐな眼をしていた。

「酷なこというようだけど、無理だな。蘇芳嬢の側付きってわけでもねんだから、蘇芳嬢はお前にそれほど関心はない。あいつは目利きだ。育てても使えない奴は、側に置かない。ただ助けられた、それだけだ。だが琥蓮に入った以上は、抜けられねぇ。取り敢えずは、ここで生き抜く術を磨きな。」
蛛猛は、そう言うと、一冊の書物を子供に渡した。

子供は、その書物をみる。表紙には『琥蓮総引』と書かれている。

「琥蓮に入ったら、まず琥蓮の組織のことを理解しなきゃならん。組織のことが知りたきゃそれでも読んでろ」

そう言うと、蛛猛は去ろうとする。

「刺士様。ぼく字は読めないんです。読んでいただけませんか?」

蛛猛は、ため息をつく。

そうして子供のほうを振り返ると書物の内容を語り始めた。

「琥蓮の組織は、頭領を台頭に置いて、4つの部隊に分かれている。」

高位の順に、黒士(こくし)、紅士(こうし)、碧士(へきし)、青士(せいし)と呼ばれ、この内、黒士、紅士、碧士の三部隊に筆頭位、精鋭部隊が置かれている。
 
「どの部隊に対しても、筆頭位は高位になるため、その位に就いている者は別格扱いされている。」

また筆頭位は、直属の精鋭部隊を持っており、黒士精鋭部隊を『玄武』、紅士精鋭部隊を『朱雀』、碧士精鋭部隊を『青龍』と呼ぶ。

「この精鋭部隊の刺士たちが、所謂部屋もちの刺士だ。」



それぞれの部隊が担う業務は異なり、黒士部隊は、統率司令部隊とされる。
 主に組織の業務管理と刺士たちの統率をはかり、任務遂行のため計画を立て司令を出す。その他に、新しい武器の考案鋳造や、毒薬など薬物の研究開発などを行っている。



「黒士は、呪術に長けた術者が多く、接近戦や肉弾戦は好まず、主に術を用いた戦法で隠密かつ遠隔的に事を謀る。戦場では、主力である紅士を影で支える支援役を担う。頭脳明晰で知略に富んだ策略家が多く、戦略的かつ効率的な謀略戦法で敵を攪拌する切れ者揃いの頭脳派部隊といえる。
筆頭位直属の精鋭部隊として『玄武』が存在する。」

蛛猛の説明を食い入るように子供は聞いている。

「この黒士部隊の指揮統率を担うのが、筆頭黒士・朱雅。奴は、13歳の時に琥蓮に入団し、19歳で筆頭黒士なった。『闇夜の貴公子(あんやのきこうし)』なんて異名を持つ邪術、幻術の使い手だ。鬼上司って皆言ってるな。」

そうして、蛛猛は言葉を続ける。

続く、紅士部隊は実動執行部隊。
その名のとおり、実際に任務に向かい、暗殺業務を執行するのが主な仕事。
紅士は剣術、弓術、砲術、挌術等々、ありとあらゆる武術に精通し、剣はもちろん、弓、暗器、銃、爆薬等、数多くの武器を使いこなし、接近戦、肉弾戦、遠距離戦など、どのような戦術戦法に置いても状況に応じて臨機応変に対処でき、戦闘技術が優れている。基本何でもござれの、謂わば戦の専門家。
 やたらに殺伐と殺気だちやすく短気で野蛮な連中が多く存在する。中には賢いやつもいるが大抵が頭使うより叩き斬る的な、基本的に戦闘に抜きん出た荒くれ者の集まり。
蘇芳曰く、むさ苦しい馬鹿どもの巣窟。
精鋭部隊として『朱雀』がある。

これを、取りまとめ指揮するのが、筆頭紅士・蘇芳。
若干18(実際年齢は不明)にして、女の身でありながら、有象無象連中の扱いを、飄々とこなしてしまう強者だ。
彼女は、推定年齢10歳で最年少にして紅士昇格を果たし、更に1年後には精鋭部隊『朱雀』に配属され、13歳(推定)にして筆頭紅士になった。期待の超新星。
『冷月の紅天女(れいげつのこうてんにょ)』という異名をもち、何かと恐れられている。


三つ目は、碧士部隊。これは、情報部隊。
各地にツテを張り巡らしてあらゆる情報を集め、管理し更に、自ら情報を流して情報操作を行う。
彼らは、一応は戦術を備えているが、黒士や紅士と比べたら、雲泥の差がある。
精鋭部隊として『青龍』がある。
筆頭碧士は、蛛猛。


最後の青士部隊は、見習い刺士の配属先。
年少組の集まりで、やることはもっぱら学門教養の取得と武術殺法の訓練。更に、琥蓮でのあらゆる雑用を行う。