ただただ君が好きでした


私は、お母さんがいなくなった時に思った。

“もう誰かを幸せにする存在ではない”と。

お母さんは、私を溺愛していた。

私は、お母さんにとって、生きる意味であり、すべてだったんだと思う。

私は愛されることが当たり前だと思っていたし、お母さんを幸せにする存在なんだとわかっていた。

だからといって、お母さんの愛が重いと感じたことはないしお母さんのために無理をしたこともない。

それは、お母さんがどんな私も愛してくれたからだと思うんだ。

私のダメなところも、お母さんは好きでいてくれた。

存在そのもの、そう、そうなんだ。

私という人間が生きているだけで良かったんだと思うんだよね。


そんなに愛する娘を残してこの世を去る寂しさってどんなだろう。


今も心配で心配で仕方がないと思う。

長く生きられないとわかってから死んでしまうまでの時間があまりにも短かった。

時間がもっとあれば、お母さんは私にたくさんの手紙を書いたり、ビデオにメッセージを残したり、したかったんだろうな。



何があっても、お母さんは味方だからね、と最後の数日は何度も言ってくれた。

そんな大好きなお母さんと似ている名前だった、マナ先輩。

もちろん、お母さんとは全然違うのに、どこか似た部分がある。

それは、私のすべてを受け入れてくれるところかもしれない。


まだ、知らないことだらけなのにね。

マナ先輩なら、弱虫で泣き虫な私も、否定しない気がするんだ。