どうやら知里の家は市役所の方らしい。自衛隊の基地に近いとも言っていた。
赤間川沿いを抜けて国道に出た。国道はトラックが多いので、会話がしづらい。
知里の声が聞き取りづらいのだが、合流してからずっとしゃべり続けている知里がおかしく思った。
(気でも遣ってるのかな)
とさえ思った。

知里が話しているのを遮って、俺は言った。
「あのさ、俺、名乗っていい?」

頬を赤くした知里は、「あっ」とした顔をして
「あわああ、そ、そうですよね。す、すいません。私は長谷川知里です。」
(知ってるよ)って思いながら、俺は自己紹介をした。

「白井駿」
と不愛想に言った。

「白井君か。白井君はずっと狭山なの?」
「ああ、そうだよ。ずっとね。長谷川は狭山の前はどこにいたの?」
心なしか少し辛そうに答えた。
「えっとね。狭山の前は石川県。その前は愛知、その前は宮城。その前は・・・」

少し間をおいて知里は空を見上げた。
「その前は忘れた」


単純にそんなに引っ越しを繰り返している事に驚いたし、慣れない地を渡り歩く知里に少し同情した。
「そっか、そんなに引っ越ししてんだ。大変だろ?」

こういう質問は言われ慣れているんだろう、知里はすぐに答えた。
「ううん。お父さんの仕事で仕方ないし、慣れてきたかな。」

強がっているようにも見えたが、冗談のつもりで俺はちょっと意地悪な事を言ってみた。
「じゃぁ、迷子になっても仕方ないな」


知里はムッとした顔つきになって、握った拳を持ち上げ
「ちょっと、迷子じゃないわよ!ちょっと迷っただけです!」
強めの口調で答えた。


「そういうの迷子っていうんだろ」と追撃しようかと思ったが、俺はやめておいた。

そのあともいろいろな話をした。話をしたというよりは、知里の質問に俺が答えていった形だ。
こうやっていち早く知ろうとする気持ちは、きっと引っ越しを繰り返していくうちに養われていったのかな?と思った。
八幡神社まで歩くと知里は言った。
「あ。ここ昨日歩いた。」


神社の桜の木がざわついていた。
「もう大丈夫です。白井君、本当にありがとう。朝は父が送ってくれたので、帰りは不安だったんだけど、長谷川知里は無事に帰れそうです。」

「おお。そっか。じゃあまた」

「はい。ありがとうございます」

神社の坂を上ってく姿と見ながら、
(あ、昨日会ったのは、やっぱ長谷川か。言うの忘れた・・・ま、いっか。)
と思ったが、彼女の姿は上り坂のカーブへ消えていた。