「松井」
ドク、と脈を打つ。
私の名前を呼ぶ、その声を、久しぶりに聞いた。
左耳に直に伝わる甘美さが、ひどくなつかしい。
「……南」
失恋してから、隠れながらでしか見つめられなかった。
それは南も同じで、すれ違いを繰り返していた。
今、やっと。
真っ直ぐ、見つめ合える。
見慣れたはずの瞳の色。
澄んだこげ茶色は、今は少し、淡い。
私のことは、どう見えているだろう。
「な、何?」
そう言ってすぐ、内心頭を抱える。
本当はもっとかわいげのある言い方をしたかった。
今までありがとう、とか。
楽しかったよ、とか。
好きな人にはよく思われたい。
たとえ好きになってくれなくても。
他人行儀な言い方をするつもりなかった。
好きな人に苦い気持ちを植え付ける気はなかったの。
ごめん、南。
やめて。
そんな顔しないで。
笑ってよ。
どうせならいっそ、冷たいやつだと笑い飛ばして。



