誠記side



マンションの一室。

俺のプライベートスタジオに引き籠って、
相棒のエレクトーンのボタン操作を次々とこなしながら
真っ直ぐに思い浮かぶまま、鍵盤の上に指を躍らせていく。



パンフルートの音色からビブラフォン。


次から次へと音色をかえながら、
感情のままに指先に神経を広げて丁寧に音を表現していく。


息遣いも忘れずに意識しながら……。




不時着しないように、リズムもメロディーも確実に乗せていく。



約10分近くの即興演奏を終えて、
一息つきながら、まだ何も書き込みのなんい五線譜を見つめる。




一曲完成させないといけないのに、
まとまることを許さない一曲。



エレクトーンの前から立ち上がって、スタジオを後にすると
キッチンでコーヒーをカップに注ぐ。



「お兄ちゃん、スタジオから出てたんだ。
 お疲れ様、私のも珈琲いれてよ」

「あぁ。
 由美花は勉強終わったのか?」

「まぁ、終わったと言えば終わったし、
 まだって言われるとまだ。

 だけどボチボチやってるよ。

 それより、お兄ちゃん知ってる?
 奏音、もう少ししたら九州から帰ってくるって。

 奏音もお兄ちゃんの後輩になっちゃってから、
 慌ただしくプロ入りだもんね。

 今もミュージカルの生演奏に一緒についてまわってるんでしょ」

「そうだな。
 奏音ちゃん、頑張ってるよな。

 俺もミュージカルの生演奏は何度も経験あるけど、
 あれはいい緊張感が広がって度胸もつく。

 演じての相手の息使いを感じであわせるように弾くのも訓練になるしな」

「そういえばお兄ちゃんも最初の頃は苦戦してたよね。
 私に何度か、ミュージカルの曲を歌わせてさ」

「そうだったな。
 由美花にはいろいろと助けて貰ったよな」

「それで、奏音には伝えたの?
 お兄ちゃんの気持ち」



突然の由美花の言葉に俺の思考はフリーズしてただ由美花を黙って見つめる。


「ふふっ。
 私をじっと見つめてもダメだよ。

 お兄ちゃん、奏音のこと好きだって言うのは
 外から見て丸わかり。

 奏音だったら、別にお兄ちゃんが選ぶって言うんだったら
 私は秋弦君には悪いけど、断然お兄ちゃんを応援するけど」



落ち着かせようと珈琲を一口含んだものの、
効果は真逆で、俺は咽るように珈琲を吹き出してしまう。



「んもぉー、汚いなー」


そんなことを言いながら慌てて、タオルで俺の服をトントン叩いて
テーブルを拭き始める由美花。


「悪い……由美花、後は俺が片付けるよ」


そう言って由美花の手からタオルを受け取ると、
珈琲を丁寧にふき取っていく。



「お兄ちゃんも損な役回りだよね……。

 だけど何時もは、何もかもかっちりと動じないお兄ちゃんが
 奏音が絡んだ時だけは崩れるよね。

 奏音は鈍感だから、お兄ちゃんの気持ちには気づきもしないけど」




由美花は俺の隣に座って小さな声で紡ぐ。



「さっ、終わった。
 悪かったな。タオル。洗濯籠にいれといたらいいか?」

「うん」

「了解。
 んじゃ一息、入れたし俺はスタジオに戻るよ。

 由美花……有難うな」



由美花に声をかけて俺は、キッチンからスタジオへと珈琲を持って移動した。




スタジオに戻ってエレクトーンの椅子の腰掛けると譜面台の傍に置いてある
携帯に手を伸ばす。

緑のランプがチカチカと点滅して、メールの着信を告げていた。