美佳side


「はいっ。今日はここまで。
 次のレッスンまでに、ちゃんと今日の頁の復習しておいてね」


まだ幼い生徒たちに声をかけて生徒たちを教室から送りだすと、
誰も居なくなった教室に再び戻って、真正面の最高クラスのエレクトーンの蓋を開ける。


そのまま電源を入れて、レジストデーターを読み込ませると、
リズムスタートボタンを押して、カウントと同時に上鍵盤、下鍵盤に指を滑らせていく。

両足は音色を切り替えながら、足鍵盤の上を軽やかにジャズテイストに舞い踊っていく。



レッスンの合間合間を見つけて、私自身の新しい曲も完成させたい。



私がこんなにもエレクトーンに夢中になったのは、何時だったかな?


幼稚園に入る頃から、ずっとピアノは習ってた。

だけど……エレクトーンとは無縁の生活で、
当初は、電子音なんてって凄く毛嫌いしてた。



まだ……エレクトーンの魅力がわからなかったから。


そんな私に転機が訪れたのは、高校生になった時。


学校の文化祭に演奏にやってきたのが、大田憲康【おおたのりやす】。
今、こうしてずっとお世話になってるその人だった。




当初はシーンと静まり返っていた体育館の中で、
耳に馴染みやすい曲を次から次へと演奏していった。


アニメの主題歌、ドラマの作品メドレー、
有名アーティストの曲たち。



大好きな映画の挿入歌を凄く壮大に、一人で演じていく
そんな演奏に一目で魅了された。



演奏が終わった後、心からの大きなに拍手を送った。

そして……体育館から私たちが出る時、
彼は体育館の出口で私たち生徒を見送ってくれた。


想い想いの声をかけたり、何も行動を起こさずに通り過ぎていく皆。


そんな中、彼の前で私はピタリと足を止めた。

後ろからドンっと誰かがぶつかって、バランスを崩した私の体を
その人はさっと抱きとめるような形で支えてくれた。




「危ないだろ。
 何処見てんだよ」



そんな捨て台詞を残して、姿を消していく存在。




「君、大丈夫?
 怪我してない?」


ふと聞こえる声に「アイツ、何してんだよ」なんて
「アイツ、やるじゃん」などなど周囲の冷やかしの声が広がっていく。


慌ててその人の体から離れると、
ぺこりと一礼だけして、私はその場から走り去った。


ただ助けて貰っただけなのに、
あの瞬間から……ずっと心臓がドキドキしてる。


憧れの人効果は絶大で、私は両親を説得して一週間後から
ピアノだけじゃなく、エレクトーンも同時に習い始めてた。


そんな時……通い始めたエレクトーン教室に、
あの人が居たんだ。