「あっ、アイツ今……医者になったよ。
 若杉って覚えてる?

 アイツと一緒に鷹宮総合病院ってところで働いてるよ。

 アイツのマンションに行きづらかったり、電話やりづらいなら
 鷹宮総合病院に行ってみたらどうかな?

 その病院には教会とパイプオルガンがある。
 今はエレクトーンじゃなくて時折、史也がパイプオルガンを奏でてるよ」



史也君がパイプオルガン?



エレクトーンじゃなくても、楽器を続けてくれてるのに
それだけで凄く心が温かく感じる。



「誠記さん、有難うございます。
 私、そっちに戻ったら訪ねてみます。

 鷹宮総合病院。
 1週間後、大田音楽教室でお会いできるの楽しみにしています」

「あぁ、俺も楽しみにしてる」


その後の1週間も必死に、ステージを務める。

生演奏で、役者さんたちのタイミングを感じながら呼吸をあわせて
演奏していくのは難しくて、なかなか自分自身で90点以上の得点は
採点することなんて出来なかったけど、その時間は私を確実に前に進ませてくれる。


エレクトーンの難しさも楽しさも全て乗り越えて、
今の私があるから。




史也君……私、ちゃんと貴方の夢追い続けてる。


1週間後、私は懐かしい街へと電車に乗って帰った。
帰宅中の私の携帯に着信が光る。


液晶に表示されるのは秋弦。

何珍しい。
そんなことを思いながら、通話ボタンを押す。


「もしもし、奏音か?」

「何?今電車で移動中なんだけど」

「げっ、俺……タイミングわりぃー。
 悪い。ゴメン。だったら切るな」

「って待ちなさいよ。用事あるんでしょ。いいなさいよ」

「今度、いつ帰ってくる?
 奏音に逢いたい。大田音楽教室で」

「音楽教室?秋弦まだあそこ通ってるの?」

「まっまぁな」

「大丈夫よ。今、私帰ってるもの。
 大田先生と誠記さんに呼ばれて。
 だからその時に、秋弦にも会えると思うから。
 じゃっ、後で」


口早に約束して電話を終える。

最寄り駅からまずは久しぶりの自宅に直行して、荷物だけ放り込むと
そのまま冷蔵庫の飲み物で喉を潤して、再び玄関の方へと向かう。


「あらっ?奏音、何処か出掛けるの?」

「お母さんゴメン。

 誠記さんと大田先生と待ち合わせなんだ。
 今から教室行ってくるよ」

「あらっ、忙しいのね。せっかく帰ってきたばかりなのに。
 お母さんが送ってあげるから、車に乗りなさい」



そう言って支度を済ませて二階から降りてきたお母さんの車に
私はゆっくりと乗り込む。



あの頃からずっと変わらない車内のサウンド。
エレクトーンの演奏。



「あっ、お母さんこれ木曜22時のドラマの主題歌じゃん。
 どうしたの?」

「あぁ、今度お母さんが演奏するのよ。
 だけど難しいでしょ。
 
 だから秋弦君に頼んでお手本をね。
 奏音は忙しいから何も手伝ってくれないでしょ」

「って、何よ。お母さん、その言い方。
 悪かったわね。

 だけど仕事で全国まわってたんだから仕方ないでしょ」


そんな言い方をしながら、
懐かしい音色に身を委ねる。



秋弦……アイツ、
何時の間にこんな演奏するようになったんだろう。



「ねぇ、奏音?
 奏音は秋弦君のことどう思ってるの?

 お母さんね……秋弦君だったら、奏音のことを任せられるって思ってる。
 秋弦君、奏音が居ない間もずっとお父さんやお母さんたちのこと気にかけてくれてたのよ」



秋弦……そんなことしてくれてたんだ。
私が居ない間。



勝手にそんなことしてって怒ることも出来たかもしれないけど、
だけど不思議なことに、秋弦のことを怒ることなんて出来なかった。

なんだか嬉しいって気持ちが湧き上がる。


そうこうしてる間に、お母さんの車は懐かしい音楽教室の駐車場へと駐車した。



「終わったら遅くなっても連絡しなさい。
 また迎えに来てあげるから」


そう言ってお母さんは私を駐車場におろして、再び車を走らせた。


深呼吸して、懐かしいドアに手をかける。



なんでだろう。
この場所にたってるだけで、こんなにもドキドキしてる。


あのバカが逢いたいなんて、急に電話もしてくるから。


深呼吸していっきにドアを開けると
「あら、珍しい。奏音ちゃん」っと懐かしい声が聞こえた。