【11月】


1年前と同じセミファイナルの日を迎えた。


三度の審査を通過して勝ち上がってきた私と秋弦。




今年は誠記さんはエントリーしていないので
私たちも注目の演奏者として評価されている。 





「秋弦、行っておいで」



五人目の演奏者が、演奏している最中
私は控室から、秋弦の背中を押す。




「あぁ、行ってくる。
 
 行って、ファイナルに
 出場できる五人の中に入ってやるぜ。

 そしたら俺……お前に大事な話がある」





何時になく真剣な眼差しで私を見つめた後、
秋弦はステージの方へと消えていった。




去年は全く余裕なんてなかったけど、
今年は……秋弦の演奏を聞いてみたいって思った。




冗談なのか、本気なのか知らないけど
秋弦は、私を落としたくてエレクトーンを始めたって
笑ながら話したことがあった。




そんなことないって思うけど、だけど……それが本当なんだったら、
秋弦がこんなにも上手くなったんだってその演奏レベルを、
パフォーマンスを一番近くで見届けられる場所に居たい。




「ナンバー六番。
 大田音楽教室、中学三年生、泉貴秋弦君」





司会のコールが告げられると同時に、
秋弦は、ステージの中へと進んでいく。




そして課題曲・自由曲共に
各五分の演奏パフォーマンスを繰り広げる。




コンクールなのにスタンディングオベーションに包まれて
帰ってくる秋弦。






染み入ってくるような音色。


背中を押してくれる滑走感。




秋弦らしい、アップテンポなリズム感が
会場全体を包み込んだ。




帰ってきた秋弦は、Vサインと共に清々しい顔で
私たちの場所へと戻ってきた。



その後も順番に演奏は過ぎて行く。




演奏時間が迫ってくると、
緊張感が半端なくて、悴みそうになる手と足を
必死に何度も意図的に動かしてポジションを確認する。








「奏音、次スタンバイ」




言われるままに、
その場所を控室を後にして、
ステージの方へと向かう。







「行って来い、奏音。
 ガツンとやってやれ」






ガツンとやってやれって、
喧嘩じゃないんだから、秋弦。




そんなことを心の中で突っ込みながら
何時もの秋弦らしさが、
私を緊張から解放してくれたのに気がついた。






「本日最後の演奏者です。

 大田音楽教室、中学三年生。
 松峰奏音さん」






アナウンスと同時に
ステージへとゆっくりと歩いていく。



そしてステージでお辞儀をした時に
私の視線が捉えたのは史也くんの姿だった。