季節は過ぎて史也くんが教室に戻ってくることがないままに、
私も秋弦も中学生活最後の春を迎えた。


史也くんが居なくなって理屈なんかじゃなくて、
心が付いていかなかった時間。


だけど史也くんの夢を繋ぎとめたいって言う気持ちと、
私がエレクトーンが大好きって言うその気持ちだけで、
暗闇の中を必死に歩き続けたような気がする。


勿論、私の隣には由美花が居て誠記さんがいて、
大田先生や美佳先生が居て……そして秋弦が居てくれた。



誰かが傍に居てくれるのって、それだけで力強くて、
元気を貰えるんだなって思えた。



私たちが中三になったってことは誠記さんも史也くんも高校三年生。



誠記さんは、今通ってる悧羅学院の音楽科を目指すって
教室に来た時に未来を教えてくれた。


そして……今は史也くんも悧羅学院の医学部を目指すために
受験に必死になってるって。






私も……中学三年生。



自分の将来設計を始めないといけない時期なんだけど、
今は私も音楽の道に歩いてみたいって思う。



まだ詳しく調べてないからわかんないけど、
音楽科のある高校に行って、
電子オルガン科のある大学を目指せたら……って。


まだ私の心の何かにざっくりと浮かんだだけの
未来絵図だけど。



その為に、去年……セミファイナルで敗退した
あのコンクールで、グランプリを目指したい。


あのコンクールでグランプリをとった
誠記さんは、今年……CDデビューが決まって
プロのエレクトーンプレイヤーの仲間入りを果たした。


だからこそ……私も夢を受け継ぐためには
そこは譲れない。





史也くんも一度はグランプリに輝いた
そのコンクールで私はグランプリをとりたい。




学校と教室の練習の合間、家に帰ってからは、
その為の準備を寝る間を惜しんで費やす。




最低でも、オリジナル曲を予選用に一曲。
本選用に二曲。



そしてもう一つ私の中で秘めている企み。


グランプリファイナルにまで残らないと出来ないけど、
グランプリファイナルでの、四曲以上のリサイタルの時は
オリジナル曲と既存の曲の編曲が可能になるから
その時に、史也くんの「煌めきの彼方へ」を真似じゃなくて、
私としてのアレンジで演奏してみたいって言う夢。



私への応援歌。
受験を頑張ってる史也くんへの応援歌。



そして……史也くんのお父さんの為に……。





ゆっくりと育っていった私の想いは、
今、新しく動き始める。






「お母さん、ちょっと教室まで行ってくる。
 家のエレクトーンじゃデーターを作れないから」



そう言うと鞄を肩からかけて家を出て行く。




マンションの階段を降りながら
大田先生に連絡をして教室を借りれるように手配する。


駅まで歩いていく途中にお父さんとすれ違って、
そのままお父さんが教室まで送り届けてくれた。



明日が休みなのをいいことに
「もしかしたら、教室に止まるかも」っと
お父さんに伝えたうえで教室のドアを開ける。




そこには久しぶりにコンサートを終えて教室に姿を見せた
誠記さんが居た。




「奏音ちゃん、久しぶり」

「お帰りなさい。
 お疲れ様です」

「元気にしてた?」

「あっ、はい……」

「史也がこの業界を去って、
 酷く気落ちしてたみたいだけど
 少し吹っ切れてきたのかな?」

「えっと……ようやく、
 気持ちが決まってきたって言うか。

 誠記さん、すいませんまだ未完成なんですけど
 私の決意、聞いて貰っていいですか?

 意見聞かせてほしいんです」