焦れば焦るほど、思い通りに指は動かなくて、
足の鍵盤を踏み外すし、レジストのチェンジは遅れるし我ながら散々な演奏。



それでも何とか、演奏を終えてゆっくりとお辞儀した。




「はいっ、お疲れ様。

 加藤佐緒里【かとう さおり】さんが
 作った音源Verだね。

 緊張してたのもあると思うけど、
 奏音ちゃんはもっともっと伸びると思うよ。

 例えばこのフレーズ」



大田先生はそう言うと、私の方に近づいてきて、
私が触っていたエレクトーンを触る。



【M9】のボタンを押して音色を変えると、
リズムボタンをONにして、トランペットの音色を主体にした
フレーズを演奏していく。




同じフレーズなのに、
やっぱり先生が演奏するのはそれだけで違っていて。


音の広がりと深みが違ってる。



「美佳、同じフレーズここで宜しく」



次に美佳先生も同じフレーズを演奏する。



こっちの方は、大田先生の演奏とはまた違った感じ。


大田先生の場合は、第1小節からボリュームが大きくて
小さく絞って徐々に膨らんでいった。


だけど美佳先生は、最初は小さい音だよ。



「ほいっ、最後は史也。
 お前も弾くんだよ」



そう言って大田先生が手招きした少年は、
言われるままに私が使ってたエレクトーンの前に来ると、
「借りるよ」っと告げて着席した。



長い指先がリズムボタンへと伸びると
そのまま彼は、音量を調節しながら
同じフレーズを奏でながら、世界を作り上げていく。



演奏を聴き終わった後、思わず拍手してた。


先生たち二人の演奏では、
無意識に拍手することなんてなかったのに。



「どうも。じゃ、大田先生俺は隣のスタジオ借りるよ。
 レジスト完成させたいから」


そう言うと、少年は一礼してスタジオを出て行った。



「では先生、私も次のレッスンがありますので、
 失礼します」

「あぁ。美佳、そっちを頼む」

「えぇ、失礼します。

 松峰さん、次のレッスンからビシバシ行くので
 今日は大田先生の指導を受けておいてね」



そう言うと、美佳先生もさっさとスタジオから出て行った。


その後、30分間は大田先生のレッスンを受ける。


まだまだ演奏を弾きこなすには時間がかかりそうだなーなんて思いながらも
私はさっきの少年のことで頭がいっぱいだった。




「あの……大田先生?
 さっきの男の子って、昔TVに出ていたことありますか?
 
 同じ名前だったから……気になって。
 その人……私がエレクトーンを始めたきっかけをくれた存在なんです」



気が付いたら、自分の気持ちを吐き出してた。



「そっか、奏音ちゃんはアイツに憧れてねー。
 まっ、せいぜい自分の音を見つめてみるんだな」



大田先生はそう続けた。
先生……それって?


「先生、それってあの人がふみや君ってこと?」

「あぁ、アイツが蓮井史也【はすい ふみや】。

 煌めきの彼方へって曲を僅か、小学生二年生で作り上げて、
 コンクールを総なめにした。

 あの史也だよ。

 俺にとっても秘蔵っ子だけどな」



大田先生はそう言いながら
肩をトントンっと指先で叩いた。


それは何故か応援してくれてるようにも感じられた。



30分の大田先生の個人レッスンは、
やっぱり初日から厳しくて、私の演奏の悪い癖を次々と見つけ出して
レッスンノートに書き出していく。


そんなレッスンの後、来週から参加する教室のクラスが発表された。


私の担当講師は、亀山美佳先生。


憧れの史也君がいるクラスは、同じ教室内の一握りの生徒しか入れない
トップクラス。


史也君のクラスにはまだ遠いけど同じ教室だもん。
確実に進級試験を積み重ねて、絶対に同じクラスを目指したい。



次の目標が出来たから。



その日、始めての教室を後にして、
私はお母さんの車で自宅へと帰った。