「奏音ちゃん、M7に最後変わる瞬間。

 もう少しタイミングを感じて。
 リズムの変動が甘くなってる。

 だけどそれ以外は順調な仕上がりだよ。

 そのドレスに力を貰ったのかな」



大田先生はそんなことを言いながら
私の両肩にそっと力を抜かせるように手を添えた。



「少し、肩が張ってるね。
 緊張してガチガチにならないようにね。
 
 何時もの奏音ちゃんのままで
 演奏すればいいから」






そうやって促されて迎えた
セミファイナル。




順番に一人目から抽選で決まった通りに演奏が始まるものの、
史也くんはコンクールが始まっても姿を見せなかった。


史也くんだけじゃなく……誠記さんすらも。



幸いにして、まだ一人目。


その次は、秋弦の演奏で間に一人いて私が4番目。

私の後に二人演奏して誠記さんと史也くんって言う演奏順だから
まだ時間はあるけど……。




史也くんも誠記さんも私が演奏をすることになっても
姿を見せなかった。





そのまま大田先生に送り出されるように、
ステージの袖へと向かうと頭に羽根を生えした髪飾りをつけた
男の子が一礼をして、ステージをさがっていく。





「次の演奏は、太田音楽教室。
 松峰奏音さん、中学二年生の演奏です。

 オリジナル曲は【風の歌】。
 課題曲は、きらきら星より編曲となります」




コールを受けながらぎこちない足取りでステージに向かって
一礼すると、そのままエレクトーンの前へと座った。


手早く演奏準備をすると、
演奏にあわせて、ステージ上の照明が変化していく。


ゆくっりと自分の演奏に集中して、
世界に没頭し続けた2曲。


演奏の後、お辞儀をしてステージを降りた時には
誠記さんの姿と、由美花の姿が見えた。



「奏音、素敵だった」



そう言って私を抱きしめる由美花。



「来てくれて有難う、由美花。
 誠記さん、史也くんは?」

「史也は来ないよ」





史也は来ないよ……そうやって告げられた言葉に、
私は頭の中が真っ白になって力が抜けてしまった。





会場内にある医務室のベッドでずっと眠っていた私が
目を覚ましたのは、コンクールが終わろうとしている
グランプリファイナル出場者の発表がされている頃だった。





司会者の発表する中に、
私の名前も秋弦の名前も入らなかった。


史也くんも棄権したこの大会で
唯一、ファイナルに出場を決めたのは沢村誠記。



太田音楽教室からは誠記さんだけが最終に進出を決めた。






「おめでとうございます」




そうやって告げた私に誠記さんは
「史也がいないなら当然だよ」なんて言葉を返してきた。





そして私は……全てが終わった後で、
誠記さんの口から史也くんに何があったのかを知った。




コンクールを1か月前に控えたあの頃、
史也くんもセミファイナルに向けて最終調整に入ってた。




だけどその途中、テニスの試合で海外に移動していた
お父さんが移動中に交通事故に巻き込まれたと連絡が入り
史也くんと、史也くんと行動を共にしていた若杉さんは
すぐにその場所へ飛んで行ったらしい。


手術も無事に終わったものの、
お父さんの意識は今も戻らない。




仕事でお父さんの傍に来ることが出来ない
お母さんの代わりに、暫く付き添っていたものの
今も意識が戻る気配はなくお父さんを連れて日本へ帰国したらしい。



そのお父さんが帰国後に入院していたのが、
昨日、私が診察して貰ったあの病院だったらしい。


今日も史也くんはお父さんに付き添っていると言うことだった。







プリンスに起きた、
コンクール前の悲劇。