コンクールまで1ヶ月を切ったある日、
あの史也が音楽教室から消えた。



ただのライバルだったアイツがこの1年で大きく存在を変えて、
俺にとっても師のような存在になった矢先の出来事。


アイツが教室の練習に姿を見せないまま、
明日が本番と言うその日を迎えた。



史也が来なくなってからの一週間は、
奏音は練習に身は入らなかった。



今までミスることがなかった場所で、
ミスタッチを繰り返す奏音。



ボロボロのコンディションのまま、
必死にエレクトーンにしがみつこうとする
アイツの姿が俺には見ていられなかった。


必死に立ち向かおうとしていても、
アイツの目は生きていない。



ただ目の前にある世界をボーっと映し出すだけの状態で
ただ流れていく時間を機械の様に繰り返しているだけの様にも
俺には映った。




練習室、何度も何度も繰り返し演奏しては、
スタートボタンを繰り返す。



ただ練習時間内、ひたすらに繰り返し続ける単純作業。



だけどアイツが必死に演奏するエレクトーンは何も歌わない。





「奏音、お前何やってんだよ」




たまらなくなって、
演奏するアイツを背後から抱きしめる。





慌てて演奏する手を止めて
俺から逃れようともがえるアイツ。





「練習しなきゃ。

 明日が本番だから。
 史也くんが……史也くんが……」






どんな時でもアイツはやっぱり史也の存在なんだよ。





あの頃以上に近くなった分、アイツは多分……憧れから、
その気持ちが恋に変わったんだ。




片想いのアイツ。
アイツを思い続ける片想いの俺。






「奏音……。

 いいから……悲しいなら、
 泣けよ。

 泣いて……いつものお前に戻れよ。
 お前のテンポが狂ってたら……」




狂ってたら俺も心配で溜まんねぇだろ。
目の前にお前が居ないと不安で溜まらねぇ。



目の前にお前が居ても、何も助けてやれねぇ、
俺が嫌になりやがる。





アイツじゃないとダメか?


俺じゃ、無理か?






「ほらっ、奏音。

 今は、泣いて泣けるだけ泣いて
 今日は、休め。

 明日は本番だろ」