【10月】


季節は過ぎて私が太田音楽教室に入学して
一年と1ヶ月が過ぎた。

昨年の12月末。

史也くんに失望したって言われて大荒れに荒れた後、
3月から教室に復帰したものの元の三級には戻れなかった。

私が落第したそこには秋弦がメンバーとして入ってたから。


四月、秋弦が藤宮学院の中等部二年生に編入してきた。

学校でも、教室でも私も秋弦もエレクトーン三昧の日々が始まる。


相棒のエレクトーンは今も自宅にないけれど、
太田音楽教室の練習と史也くんと誠記さんを先生に、
毎日エレクトーン漬けの幸せの時間。


最初の一ヶ月は毎日が基本ばかり。


昔演奏してきた曲を再び演奏してみる。


練習を振り返ってあの時、習得できなかった
その曲の本来の課題を見つける。



「あぁ、知らなかった。

 あの時、気が付こうともしなかったけど
 この曲ってこんなにもテクニックが詰まってたんですね」



なんてことがザラだった。



鍵盤移動。
ポジション移動。
ブロック奏。
カウンターメロディ。
トリル。
装飾音符。
オクターブ奏。





小学生の頃に開いたテキストがこんなにも意味の深いものだって
初めて知った気がする。




「オクターブ奏は、今は簡単にフィート機能を使えば出来てしまう。

 だけど機能に頼りすぎるんじゃなくて必要最低限の機能で
 スキルを磨いて松峰らしさを作り出すといい」


なんて今度は私の演奏をしっかりと聞いて、
的確にアドバイスや意見をくれるプリンス。


プリンスは甘いだけじゃなくて、めちゃくちゃ厳しいけど
それでも教えて貰える時間は凄く幸せだった。


学校では由美花と一緒に休み時間の度に
学校の古いエレクトーンを使って練習させて貰う。


友達と遊びに行く時間はなくなってしまったけど、
幸い親友の由美花はちゃんとエレクトーンの話題にもついてきてくれる心強い相手。


レッスンの合間にエレクトーンとピアノのアンサンブルもしてみた。



『情熱大陸』

葉加瀬太郎の有名な曲。



そうやってアンサンブルを練習していると史也くんや誠記さんが、
何時の間にか部屋に入って来て、演奏するためのコツを教えてくれる。


「奏音ちゃん、もっとヴァイオリンを感じて」



そうやってアドバイスする誠記さん。


それに対して演奏を終えた後の私を待って史也くんはエレクトーンの設定を変えていく。



リードボイスをヴァイオリンだけに設定して、
他の音量を全てゼロに。


そしてタッチトーンを深めに設定する。





「悪い、由美花ちゃん松峰少し借りるよ」



史也くんは、由美花にそう言うと私の隣にスーっと立つ。




「アベマリア知ってる?
 こういう奴」


そう言いながら、
史也くんはアベマリアを設定した上鍵盤で軽く弾いていく。



「こんなふうにヴァイオリンとかビオラは、
 緩やかなクレッシェンドとデクレッシェンドが
 指のタッチだけで出来るように、
 注意深く音を聴きながら練習するんだ。

 ほら脳内で弦を弓で弾いているイメージを膨らませて」




そんな史也くんの指のタッチや動き方をじっと見つめながら、
脳内はヴァイオリンを演奏しているその映像をじっと思い浮かべる。


肩を張って、弓を上に、下に緩やかに時に激しく
演奏するヴァイオリン奏者。


そのイメージをそのまま、指先に集中する。


強く音を出していく、ダウンボーの時には鍵盤に込める指の強さに少し力を加える。


少し弱い音になっていくアップボーの時には指先に込める力を少し抜いて、
ビブラートをかけるために、鍵盤の上で右側の方に力を加えてみる。


僅かな力の加え方の変化で、
その音が本当に生き生きしてくる。




「OK松峰。その調子で頭から。

 由美花ちゃん、良かったら付き合ってやって」



そう言うと、ピアノに座ってた由美花は
アイコンタクトをしてそのまま演奏を始める。


ピアノが静かに奏でる前奏に私もゆっくりと、
ストリングスの音色を重ねていく。


リズムスタートにして、パーカッションのサウンドが響くと、
ピアノが重なるように軽快なリズムを刻んで、
エレクトーンの音色が、ヴァイオリンでメロディーラインを追いかけていく。