音楽教室でのレッスンをお互いに終えて出てきた頃、
史也と誠記が教室内に姿を見せる。


一瞬にして、二人を取り囲んでいく生徒たち。



そんな時間も、押しむように奏音は
空いているエレクトーン探しては自分の世界に入り込んでいた。





「憲康、今日はレッスン手伝えなくて悪かった」

「無事に悧羅の学院行事は終わったか?」

「まぁね。
 今日は家に帰るよ。誠記と家で打ち合わせしたいこともあるしな」


史也はわざと、誠記との時間を強調して
大勢の生徒たちの輪の中から立ち去っていく。



「秋弦、後は頼んだ」


声にならない声で、そうやって告げると
そのまま誠記さんと二人、教室を後にする。




俺は二人を見送った後、
奏音が練習している部屋へと向かって
アイツの肩を叩いた。



「奏音、史也が今から向こうで練習だってさ。
 準備してすぐに来いって」


耳打ちするように告げると、
奏音は嬉しそうな表情を見せてエレクトーンを片付ける。



チクショー。
俺と一緒の時もこうやって笑ってくれりゃー可愛いのに。



「お疲れ様でした。お先に失礼します」



二人が帰って、次々と生徒たちが帰った後の受付で
声を出して俺たちも、二人のマンションの方へと歩みを進める。



マンションのエントランスには、
俺たちが到着するのを待っていた史也が壁に持たれながら
誠記と何かを話してた。



「すいません。遅くなりました。
 今日も宜しくお願いします」


到着して早々、奏音は二人に丁寧にお辞儀する。


「OK。まず最初に松峰は俺の家。後半は秋弦が誠記の家で。
 後で合流しよう」



エレベーターの中で伝える史也。


史也と奏音が一緒に、史也んちに歩いていくのを見送って
俺は溜息をついた。



「おいおいっ、秋弦。悩める少年だねー」


そう言って笑いながら、
誠記さんは俺を家の中に手招きする。


 
「んじゃ、今日の練習始めようか」



そう言って与えられた課題は、
即興で作られた誠記さんのメロディー。


「このフレーズに見合うように、
 リズムを作り上げて」



そんな課題と向き合いながら、
脳内は奏音と史也のことばかりが過っていく。


今、アイツの傍には、
奏音がずっと好きな史也が居る。



チクショー。

なんであの時、
俺は奏音をエレクトーンに呼び戻したんだよ。




あのまま奏音がエレクトーンから離れてたら
奏音を史也に奪われることなんて心配しなくて済んだのによ。




もやもやした気持ちのまま、
感情を誠記さんのエレクトーンに向ける。


プリンスの隣、満面の笑顔で幸せレッスンしてるであろう
奏音の顔を思い出してもやもやする。



昔からそうなんだ。



アイツを笑顔にするのは、ちっちゃい時から、
何時でもアイツの王子さま。


蓮井史也だけだ。



俺なんて最初から、眼中にすら入ってねぇ。





「荒れてるねぇー、秋弦」





お茶を手にして部屋に入ってきた誠記さんは
呆れたように俺を見る。




「荒れるって言うか、見っともない焼きもちなんで
 気にしないでください」


そう言うと差し出された、
グレープジュースを一気に飲み干す。



その後は、思い浮かんだ二人の顔を振り払うように
頭を振って再び、エレクトーンに向き合った。


「即興のリズム出来ました。
 これでいいですか?」


そう言ってウォーミングアップを終えた後、
譜面台に本課題のテキストを広げた。


「さっ、次はこっちの稽古つけてくださいよ。

 俺、とっとと誠記さんやアイツがいる
 Sクラスに行きたいんで」