「お前さ、
 どんだけ集中してんのさ」



そう言った秋弦の傍には、
何時の間にか来たらしい史也くんの姿。





えっ……。



まだ面と向かって視線をあわせるのは怖いけど、
それでもちゃんと言わなきゃ。







私……前に進めない。






「えっと……史也君……、あっ、ごめん。
 蓮井さん……」



そう言って口を噤んだ私に「史也で構わない」っと
告げて、真っ直ぐに私を捉えた。



「史也、あんま奏音ちゃん苛めるなよ」


誠記さんの声に史也くんは、
そっちへと視線を一瞬向けて再び私の方に向き直る。


そんな光景をチラ見して、
秋弦は部屋から退室していった。


そして誠記さんも秋弦を追いかけるように
部屋を出て行く。




二人だけになった部屋。



ちゃんと勇気を出して伝えなきゃ。





「あの…… 小学校の時に見た朝のジュニア音楽発表会。
 あれで史也くんの姿を見てすごく感動したの。

 キラキラ弾んでいくその音に夢中になって
 エレクトーン始めた。

 でも私……見えてなかった。

 私、史也くんに憧れてエレクトーン始めたのに
 何も知らなかったんだね。

 ただ好きな曲を演奏して、満足してた。


 ずっと……好き……。

 あの日、失望したって言われて凄く悲しかった。
 
 憧れの遠い人じゃなくて、
 こんなにも近くになった史也くんが好きすぎて
 何も見えなくて、わからなかった。 

 でも今は……心から、自分の為にもう一度
 エレクトーンやりたいって思ってる。

 私は史也くんになれないし、
 史也くんになりたいわけじゃないもの。

 史也くんに、ちゃんと私を見て欲しいから」





史也くんにちゃんと見て欲しい。



その他、大勢のファンじゃなくて松峰奏音として、
一人の人間としてちゃんと受け止めて欲しいから。




「……そう……。

 覚悟決まったんだ。
 松峰の中のぶれない覚悟」



静かに告げられた言葉に私はゆっくりと頷いた。




「いいよ。
 次のレッスンから松峰の本気見せて貰うよ」



そうやって紡いだ史也くんの口元が
少し微笑んで見えた。




心の中に燻っていた伝えたい想いが
静かに解き放たれたその日から
私の新しいエレクトーン生活が始まった。