【二月】

「奏音、今日はレッスンの日よ。
 何時までサボるの?

 月謝代もバカにならないのよ」


史也くんに言われたあの言葉が心に突き刺さって以来、
私は音楽教室に通えないで居た。
 

音楽教室は愚か、最初の一週間は中学校にすら通えなかった。


だけど学校の方は、ずっとサボってるわけにも行かなくて
学校には通学してる。


毎日、由美花が心配して
家まで迎えに来てくれるようになったから。


由美花にこれ以上心配させられない。



だけど……なんでだろう。



史也くんのあの言葉がグッサリと突き刺さったあの日から、
全くエレクトーンに触れなくなった。


ずっと大好きなエレクトーンのサウンドも
ずっと憧れ続けてきた、史也くんのサウンドも、
今の私には吐き気と苦しさをもたらすだけだった。





『松峰……』






最近の君には失望したよ。




冷酷な彼の言葉が、今も私の心の中に、
何度も何度も繰り返されて影を落としていく。




「ごめん。
 今日も行かない。

 新しいエレクトーンももう要らないよ。

 この相棒も……」





そう言いながら、私の瞳から溢れだす暖かい雫。


零れ落ちる涙を掌で拭って私はベッドに突っ伏した。



史也くんに失望された私なんて、
エレクトーンをする資格はないから。




彼にあんな言葉を吐かせた自分が嫌い。



大好きな王子様に拒絶された世界に、
私の居場所なんてないから。





「奏音?」





お母さんの言葉から逃げ出すように、
携帯と財布だけ手にすると、家から飛び出す。


そしてそのまま町の中を、
フラフラと彷徨うように歩く。




本屋さんに入っても私の瞳は、
すぐにエレクトーン雑誌に映る史也くんの姿を捉える。


あっ……ミュージカルの演奏をしてたあの時の記事なんだ。


そんなふうに思いながら頁をめくるけど、
心が苦しくなってすぐに雑誌を閉じて後にする。



そして気持ちを紛らわすように
大好きなコミック売り場や、
小説売り場で気になる本を立ち読み。


その次は、レンタルショップで
気になるアーティストの音楽を視聴していく。



視聴しながらも私の脳内は耳コピした譜面が溢れだしてる。




私は辞めるの。



エレクトーンも音楽もやっちゃいけないの。



だって史也くんに……。





視聴していたヘッドホンをその場に置いて、
その場所からも逃げるように立ち去る。