けど大田音楽教室に奏音を追いかけに行ったはずなのに、
肝心な奏音に今だに逢えないってどういう事さ。



そんな文句を愚痴りながら今までに詰め込まれ続けた、
アイツの鬼課題の数々をほ振り返っていく。


教室のテキストが、
エレクトーンの文字が入った薄いオリジナルの本一冊なのに対して、
試験の翌日にアイツが手渡したのは、アイツも使ってきた楽譜五冊。


・一冊目→初見専用


三段譜面がズラリと並ぶ練習問題。
見てるだけで、意識が遠のきそう。

俺って、譜読み苦手で奏音にもいつもバカにされてたんだ。

一曲演奏するのにも、最初にいちいち音を数えて、
テキストに書き加えて演奏してた。



・二冊目→運指レッスン【基本】


こっちは一段譜。
各小節の上にコードが書かれていて、
それを手掛かりに演奏する。

最初は、上鍵盤で右手がメロディーフレーズ。

下鍵盤で左手がコード、足鍵盤はコードを手掛かりにルート音。
その次は、下鍵盤で左手がメロディーフレーズ

上鍵盤で右手がコード。
足鍵盤は最初と同じコードを手掛かりにルート音。


って、CとかBmとかなんだよ、
この暗号。

日本人ならわかりやすくかけっての。


・三冊目→ピアノ教則本【ハノン】

二段譜面が、右手と左手である中で左手の譜面だけを、
足鍵盤で延々と練習する。

これもまた地道すぎて足がつりそう。


・四冊目→グレード別一般音楽

まぁ、今までの基礎練習に比べると
音楽らしい音楽に交われるんだけど三段譜面があるだけ。

そこにアイツが演奏したMP3データーを手渡されて、
「リズム譜」は君が耳でコピーして譜面にするんだよ。


って、いい加減にしろよ。
何時まで、睡眠時間削ってもおたまじゃくしが泳ぐわけねぇだろ。


・五冊目→音楽理論

上のテキストでわからない音楽の基本中の基本理論は
このテキストで勉強するように。




って、そんなこんなで鬼コーチぶり。

ガキの頃からこんな練習やってきてるアイツって一体
脳みそ、どうなってんだよ。



アイツのレッスン初日は悲惨だったよな。



アイツとの初日のレッスンは、
教室のスタジオでアイツらが借りてた時間に割り込ませて貰った日。


俺の近くで、史也と誠記さんは次々と打ち合わせをしながら
凄いパフォーマンスを繰り出していく。

そんな光景に圧倒されて言葉を失ってフリーズした俺の前に、
仁王立ちして、初見テキストを置いた史也。


「お前、時間は止まらないよ。

 俺のサウンドは俺のもの。
 お前のサウンドはお前だけのものだろ。

 だったら基礎から練習あるのみだ。

 お前の初見の楽譜の譜面は全部、俺の頭に入ってる。

 最初の頁からやってみな。
 その際、今はリズムは無視していい。

 その譜面に似合う音を選択して演奏すること」



サラリとそんな言葉を残して再びアイツは
自分のエレクトーンに向かうと、黙々と作業を始めた。



シンバルの音色がチッっと音を立てるとその後は、ただ何かの液晶内のボタンを
黙々と押しているのだけがわかる。

その次は、バスドラ。



そんな作業の音が気になりながらも、
俺はアイツの愛用してきた、初見テキストを開いた。



えっーと、最初の音がト音記号で
ラだろ。


下の音が、ヘ音記号で……。




「お前、遅いっ。初見になってない。
 今まで何してきたんだよ」



って、お前……そっちの作業に集中してんじゃないのか?
なんで俺の行動が筒抜けなんだよ。