三人の演奏の後だと、めちゃくちゃ、しょぼい拙い演奏だけど
それが今の私たちの実力だもん。


「松峰、君は別メニュー。
 今の松峰の実力では、三級のレッスンについていくことは出来ない。

 松峰の課題はこれ」


そう言って憧れのプリンスから手渡されたのは、ピアノ用のハノンの楽譜。

「レッスンの間、ハノンを足鍵盤で練習続けて」


史也君は無情にもそれだけ告げると、
私の傍から離れていく。

ヘッドフォンをして、レッスンに集中しているように見せながら
音量をゼロにしてる私の耳には、レッスンの会話も演奏も聞こえてくる。

申し訳程度に、ハノンをめくりながら足を動かすものの
練習に身が入らないでいた。




「君、その楽器の息遣いを指先で表現してこその音色だよ。

 その音を生きた音にするのも、しないのも君の表現力次第。
 もっと呼吸を感じる。

 出直しておいで」


鬼の様に思えるアドバイスでも史也くんが、
その子のことを思って言ってるのはちゃんと伝わるもん。


言われたその子は、泣き崩れて教室から帰ってしまったけど
それでも幸せだって私は思える。



私なんて……指導らしい指導は一切やって貰えてないから。



ヘッドホンをつけて、
意味も分からず、ハノンの教則本を足で練習する。


ベースの音だけをひたすら追いかける地道な基礎。

退屈な基礎。
基礎なんてつまんない。



もっと私は史也くんみたいな華やかな曲が演奏したい。
貴方に近づきたいだけなのに。





近づきたいって思えば思うほど、
近づけたって感じれば感じるほど彼は遠くなっていく。





泣きたいのはアナタじゃなくて、
私だよ……。





こんなにも近くに居るのに、
私は史也くんの中に存在していない。



別メニューを言い渡されて、
後は構って貰えない。




そんな風に思ってしまったら、
自分が凄く惨めに思えて悲しかった。