えっと……この曲って、確か……史也だっ。


奏音が好きな蓮井史也の「煌めきの彼方へ」。
なんで、アイツが弾いてんだよ……。


いやっ、マテっ。

さっき……この目の前の奴がアイツを何て呼んでた?
よく思いだして見ろ。 





「げっ。
 アイツが蓮井史也」



思わず紡いだ言葉に隣に居た大田先生が笑いながらこちらを向く。



「正解。君も史也を知ってるんだね。 

 9月に入会した君と同い年の女の子も
 史也を知っていてね。

 君も史也に憧れて、エレクトーンを始めたのかい?」





いっ……言えねぇ。

史也に憧れてエレクトーンを始めた奏音を
振り向かせたくて、エレクトーンを習ったなんて。



絶対にばれちゃ行けねぇ。
不純すぎる……。


とりあえず、今はアイツに憧れて始めたことにしておけ。 



上手く顔に出さずに伝えられたかどうかは、
微妙だが、俺は目の前の先生にふられたようにあの人に憧れて、
エレクトーンを始めたことにしておいた。





「お待たせ。
 史也、少しいいか?」


「はいっ」



演奏していた手を止めてリズムを停止されると、
その人は俺の方へと近づいて、そのまま正面の
エレクトーンの椅子へと腰かけた。




「遅れてすいません」



ガチャリと再び扉が開いて姿を見せたのは、
女の人。


「美佳、大丈夫。

 彼が今日からここに入学したい泉貴秋弦くん。
 松峰さんと一緒で、史也に憧れてエレクトーン始めたみたいだね。

 さて、憧れの君の前でお手並み拝見と行こうか。
 使いたいエレクトーンの機種を選んで座ってください」



大田先生にそう言われて教室内のエレクトーンを見渡す。



殆どが最新機種。

俺が持ってる機種があるわけもなく唯一触ったことがあるのが
奏音の家で触らせて貰った90か。



「すいません。

 90しかないので、こいつで。
 ただ音色とかどうなのかな?」




実力試しの演奏前にエレクトーンの機種選定で躓くってどうだよ。



「OK。

 自宅の機種との違いを考慮して審査するよ。
 まず君が演奏したい曲を教えて」



問われるままに俺は今やっているTVドラマの挿入歌のタイトルを言う。



「あぁ、蒼の草原。
 えっと、編曲……あっ、こっちも加藤女史ね。

 だったら今日のレジストは、こっちで。

 多少違和感あるかもしれないけどベースも難易度も変わらない。

 唯一変わるのは、メモリの多さかな。
 メモリの番号に関しては……」


そう言って、エレクトーンの蓋を開いて作られた
譜面台に乗せてある楽譜に手持ちのボールペンで、
サラサラとメモリー番号の変更を記入していく。


「こんな感じかな。

 まぁ、足で順番にレジスト動かしてくれたら
 うまく行くと思うから」



そんなこんなで、急きょその機種にあったデーターを読み込んで
演奏することになった俺は大緊張の中で、試験が始まった。


なんだよ、この威圧感。




俺のエレクトーンの正面。

用意されたパイプ椅子に座る男の先生。


その隣には、女の先生が書類の挟まったボードを持って
ペンを握りしめている。