「こんにちは、松峰さん」



迎えてくれた美佳先生。



「悪い、美佳ちゃん。

 もう残り15分くらいだけど、
 史也のスタジオ入らせて貰うよ」



後ろから、悧羅学院の制服姿のままで
駆け込んできたのは、確か……由美花のお兄さん?



「ごめんね。松峰さんだったね。

 今朝……由美花の傍に居た子だろ。
 お先」


そう言うと、慌てて誠記さんっと呼ばれてた
由美花のお兄さんは一番奥の扉を開けて中へと入っていた。



一瞬、開いたその僅かな時間、
中から零れだすのは、史也君が演奏する音色。


ドアが閉じられた途端に、
音が途切れると私は美佳先生に促されて
ソファーへと誘導された。



「松峰さん、えっと昨日のテストの詳しい結果を伝えるわね。

 松峰さんの演奏的には譜読みはとりあえず合格。
 レジストは既存レジストを使ってるみたいだから不合格。

 右手と左手の演奏は申し分なし。足はまだ少し弱いみたいね。

 だけど、【A.B.C(オートベースコード】を使わずに
 演奏出来ているし、そろそろ表現力と編曲のやり方を
 勉強してもいいかなって思って7段階レベルの
 4番目のクラスの生徒として迎え入れることになりました。
 上のクラスを目指して、試験課題をクリアしてください。
 
 宜しく」





Sクラス。

ここが教室の一番頂点で、史也君のいる場所。
【オリジナル曲、コンクール出場を目指すクラス】。



後は、
一級クラス。
二級クラス。
三級クラス。

一級から三級は、
オリジナル曲を作ったり、
編曲を主に勉強していくクラス。


上級クラス。
中級クラス。
初級クラス。


その下の初級~上級は、既存のレジストを使って、
演奏することを極めていくためのクラス。


一から上級クラスのレッスンには、
時折、Sクラスの生徒たちが指導する立場で顔を出す。

っとまぁ、そんな仕組み。



私の場合は七段階の四番目ってことで、
演奏スキルは一応要修行だけど認められてオリジナル曲や、
レジスト作成、編曲を中心に勉強するクラスへと入ることが決まった。


史也君の居るSクラスまではまだ遠いけど、
ちゃんと辿りついて見せるから。

私の王子様。



レッスンの時間まで、ソファーに腰をかけて、
貰ったばかりのテキストに目を向ける。




一段譜に、初見フレーズ。




えっと……。
最初の音が、ソの♯【シャープ】。


一段で描かれているおたまじゃくしを
テーブルを鍵盤代わりに指を動かしながら
自分の脳内で音を辿る。


よし、初見フレーズは楽勝。

その下に続く課題。



1.まず最初に、このフレーズに似合う
 伴奏を考えてください。



伴奏。

そうだよね……。
コードをチョイスして、
根音がベース音。

左手がコードを抑えて。


まず、四小節……。

A【ラ】・B【シ】・C【ド】
D【レ】・E【ミ】・F【ファ】・G【ソ】だから

ソの♯はG♯が含まれるコード。

G♯を根音【ルート】に持ってきて、
3rd(サード)【三度】・
5th(フィフス)【五度】を選ぶでしょ。


って……あれ?
和音としておかしくない?


そのままテキストを見ながらフリーズする。



中から他のクラスの生徒たちが出てきて、
誠記さんが入っていった、史也君のいるはずのスタジオの扉も
内側から開かれる。