アイツが通ってる教室を見つけて、
俺も追いかける。



隣の町なんて、チャリで行けば通える。


そうやって力説してまずは母ちゃんから説得する。
んで、次に親父だよな。


気合を入れて母ちゃんのいる台所へ向かう。




「あら、秋弦。
 お腹空いたの?

 ジュース、冷蔵庫にあるから」

「あっ、うん」




って俺、何やってんだよ。
別にジュース取りに来たわけじゃねぇだろ。




アイツを落としたいんだよ。


奏音を落としたくて、エレクトーン始めたのに
アイツが居なくなってどうすんだよ。



そうだろ。



俺がとる道はアイツの音楽教室に俺も辿りつくことなんだからな。




「ほらっ、スプライト」



トンとグラスに注がれた炭酸が目の前に置かれる。


そのコップを掴み取ってゴクゴクと飲み干すと、
そのままテーブルの上へと置いた。




「って、アンタどうしたの?」




母ちゃんは、心配そうに俺を見つめる。




「別に何でもねぇって。

 ってか、どうして父ちゃんは
 奏音の親父さんと一緒に転勤にならなかったんだよ」



ふえっ?


いやっ、マテ。
俺が言わなきゃいけないのはそれじゃなくて。



ようやくの思いで紡げた言葉は、
俺の本音ではあるけど、俺が言ったって、
どうにかなるものでもないんだけどな。




「何、バカなこと言ってるの。
 父ちゃんも頑張ってくれてるんだよ。

 お前が学校に行けるのも、
 奏音ちゃんを追いかけてエレクトーンが習えてたのも」

「知ってるよ。
 皆、父ちゃんのおかげ……だろ。

 耳タコレベルで聞かされてるから、
 ちゃんと知ってる。
 
 感謝はしてる。

 けど……母ちゃん、俺……奏音が居ないとダメなんだよ。
 アイツが居ない音楽教室は退屈だし、やっぱり視線が気になるんだ」




周囲の視線。



ピアノにしても、エレクトーンにしても女がやる習い事だって
思ってる存在は世の中には多い。


めちゃくちゃ演奏できるように、
それで食べて行けるようになってこそ、
世界に受け入れられるけど最初の頃なんて散々だ。



奏音は俺の演奏にはダメ出しばっか。


奏音以外の女子生徒には『秋弦君凄い』なんて言われて
悪い気はしなかったけど、男子生徒なんてポロッくそ。


『女みたいで気持ちわりぃ』なんて言われて
何度も何度も笑いものにされた。




笑いものにされるなんて面白くねぇけど、
それでも続けられたのは不純でもなんでも奏音を落とすって
動機があったから。、




アイツは……
近くて遠いプリンセスなんだ。



今も昔も……。





「わかった。

 行きたいんだろう?
 奏音ちゃんの教室に。

 いいよっ、母ちゃんが今度電話して
 直接、直海【なおみ】さんに聞いとくよ」




母ちゃんはそう言うと晩御飯づくりに戻った。




俺は一ヶ月とちょいぶりに
リビングに置いてあるエレクトーンの電源をONにする。



太陽が照りつける八月。


アイツが引っ越して以来、
俺に触られることのなかった相棒。



アイツの家にあった奴よりも
下のグレードの俺の相棒。



それでも俺には充分すぎる奴だった。