おじさんは、ちらっと片手を振ったあと、警察に伝わらないように、口だけ動かして、メッセージをくれた。


ありがとよ、姉ちゃん。


そう言ってた。



「水のことですかね、それとも林太郎と私が、とめなかったことですかね、でもとめてたら、おじさんは捕まったりしなかったと思いませんか」

「きみが何を言っているのか、いまいち理解できない」

「伸二さんならわかるでしょ、先輩の彼は助かるんですか。おじさんの娘さんをだました詐欺師は、この世から消えてくれますか」



私は、どっちを望んでるんですかね。

どっちを望めばいいんですかね。


なんで私にあんなもの見せたんですか。

別に、見なくて済んだはずだ、あんな悲しく醜いもの。

林太郎とふたり、おじさんはどうなったんだろうねって、言いながら終わっても、よかったはずだ。

先輩にもう一度会いたかったなあって思いながら終わっても、よかったはずだ。



「もうすぐ死ぬって時に、なんでわざわざこんなもの見なきゃならないんですか」

「俺は無関係だ」

「なんですかそれ、関係ないから遊んでみたってこと?」

「誤解だ、俺は何もしていない」

「他に誰が、あんなことできるっていうんですか!」

「あっちゃん!」



聞きなれた呼び声に、混乱した。

林太郎は息せききって、乗ってきた自転車から飛び降りると、砂利の上にそれが倒れるのも構わず、駆け寄ってくる。



「え、林太郎、なんで」

「なんでも何もないが、いきなり電話切っといて、心配したらあかんの」



そんなことしたっけ、と記憶を探る間もなく、林太郎は私の腕をつかんで、全身をチェックするみたいに見た。

無事だと確認したところで、手の傷に気がついたらしく、きれいな眉をひそめる。



「傷口、腫れてるで」

「あ、ちょっとばい菌入ったかも、それよりさ、私、今大事な話、してて」

「話って」



誰とや、と言われ、しまったと目を泳がせた。

思ったより頭に血がのぼっていた。